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1. 鉄道ファンってヤツは!? (5)  2. 中央線の101系と103系 (47)  3. 209系0番台の転用 (9)  4. 基本的な事ですいません (22)  5. MT54搭載の通勤形 (120)  6. 103系が継続して作り続けた理由 (111)  7. 消費電力やら定格性能やらについて (82)  8. 鉄道ファン2009年2月号 (11)  9. 鉄道ジャーナル2008年9月号阪和線 (50)  10. 曽根さん、それはやめてよ (84)  11. JRR電車編成表 (41)  12. 条件を一定に語る難しさ (27)  13. Wikipedia総合スレッド2 (260)  14. 103系掲示板10周年記念オフ (2) 

【1:5】 鉄道ファンってヤツは!?
[1] 名前:第三波平  日時:2009/07/02-21:56:25  ID:fbyYZw9c
皆さん、こんばんわ。
永尾さん、お久しぶりです。

ちょくちょく思っていることがあるんですが、近年のムック発行やCSでの
テレビ番組放送どもあり、日本における鉄道趣味はある程度認知度は高く
なったとはいえ、まだまだ趣味としての市民権を得たとは思えていません。

ここでもスレッドが立っております日本語版ウィキペディアの件にしても
103系に限らずやたらと鉄道系の項目で編集合戦や外部ブログの転載禁止など、
禁止・注意事項の見本市状態であり、鉄道ファンのやたらと内向的自己顕示欲
といいましょうかそういうものが目立つ気もします。

私も、とある鉄道画像掲示板(その筋ではかなり知られています)の管理人と
知り合いであり、何度かお話したことがあるんですが「ネットで配慮しなくて
はいけないのは、書き込む人の数≒閲覧者の数ということであり、必ずしも叩
いている人がすべてとは限らないという」お話を頂きました。

ただそれを差し引いても、私が思うのは絶対批判者と言いますか鉄道ファンと
呼べない人間が増えていると思うのです。たとえば先にあげた掲示板では、必ず
と言っていいほどE231系の運転台スペースに関する文句が出ますし、新車に置き
換えたら置き換えたで文句が出て、置き換えないならないでまた文句が出る。新
車が落成して試運転の画像が出たらとりあえずデザインが悪いと文句を垂れ、つ
いでに企業の体制まで批判。

・・・この趣味が嫌になります。すべての趣味者がそうではないのはわかって
いますが、
・線路上では臨時列車に罵声
・ネット上では一般車両と鉄道事業者に罵声

これで市民権を得ようなんてのが間違いですよね。
そういうものを無視すればいいじゃないかとも言われましたが、
一向になくなる気配が無いことに鉄道趣味に対する不安感を感じます。
私自身はこの趣味がもっとさわやかなもの、良いものになることを祈って
おり、そのために、自分なりに考えた行動をしていると思ってはいますが・・・

[2] 名前:イカ  日時:2009/07/03-00:55:08  ID:CBP4eflw
なんか懐かしい名前だこと(笑)
市民権を得ているというのは、鉄道べったりの人ではなく、
いわゆる予備軍の人の数が増えてきたということじゃないんですかね。
子供の頃、電車が好きでちょっとかじったって人が、昔を思い出して、趣味に戻る感じ。
カメラぶら下げてさよなら運転に殺到する人種とは別の人たちです。
私がウィキペディアに書くのも、こういう方々の疑問に答えてあげたいってのがあります。
興味はあるけどさほど知識はない、でも、大人になって理解力も増えた、こういう方々ですね。
声は小さいけど、数は多いと思います。

[3] 名前:永尾信幸 ◆OPjUH4NtiDY  日時:2009/07/03-01:56:32  ID:7D8dhG1R
>>1
お久しぶりです。
なかなか奥が深そうな話題で。

市民権と言えば、鉄子の旅の単行本があるのですが、あれで面白いのはその漫画を書いてるキクチさんが鉄道ファンの横見さんを見て小馬鹿にしてる姿であって、鉄道ファンの行動そのものを理解して、それに憧れるなりするというような漫画では無かったんですが、例えばそういう漫画が出たからと言って鉄道ファンに市民権が得られたとか考えちゃうと、現実との乖離が激しくなるかも知れません。

実際、こんな事を言うと怒られるかも知れませんが、趣味なんてみんな馬鹿やってるんですよ。
その馬鹿を自分自身が楽しめてるから良いわけなんですが、なんて言うのでしょう、その馬鹿さ加減というか、ごくごく一部の方が行う行為が社会的に良く写らない事もあって、その辺は市民権云々以前に、全くだめだめジャンって思ってます。

私的には、いろいろと、今までと違った視点などの本が増えてる点は楽しいと思いますし、それにひかれて鉄道や鉄道旅行という趣味に入ってくる方が増えたのも間違い無い事でしょうが、それが今までのファンに市民権を与えた事ではないんですよね。
あくまでも門戸が広くなって来る人が増えただけであって、今まで中に居る人が世間から認められたという意味合いで市民権を使われるとちょっと違和感があります。

ウィキペディアに関しては、まず「誰でもすぐに編集出来る」という長所にも短所にもなり得る特徴があります。
私は、最初の編集者集めの段階では長所の方が多かったと思っていますが、今は短所だらけのシステムと感じています。
要は、せっかく今まで知恵を絞って作り上げた記事を、何も知らないけど「ぼく、違うと思う」と言うだけで書き換えられてしまうのです。
もちろん、すぐに差し戻しされるわけですが、これのいたちごっこが既に始まってるんですよね。
少なくとも編集ができるようになるまでに、一種の研修を積み、検定試験に合格してから書き込みを許可するというようなシステムにならないと、なかなか改善されないように思います。
そういうのが煩雑だと思う人は参加しなければ良いだけですから。それで記事を守る事ができるなら万々歳でしょう。

ところでE231等の運転台スペースに文句を言う方がいるんですか?
それって、ラッシュ時に乗客スペースが少なくなるからですか?
運転士の安全性とか考えてくれないんですかねぇ。
昭和30〜40年代の爆発的ラッシュだとできなかったかも知れませんが、今のラッシュって横ばい程度なので、別に良いと思うんですけどねぇ。
まぁ、気になる人は気になるのかも知れないけど、普通の人はその設置理由を知ったら納得してくれると思うのですが、本来鉄道ファンがそういう事をきっちりと理解して、それを一般人に対して「こういう理由だからこのスペースが必要なんだよ」って誤解を解く係にならないといけないのにねぇ。

なかなかいろんな人がいるから困りますね。

[4] 名前:永尾信幸 ◆OPjUH4NtiDY  日時:2009/07/03-02:04:08  ID:7D8dhG1R
>>3
馬鹿やってるってのは、人に迷惑を掛けないというか、そういう責任をちゃんと負いながらという意味です。
例えば、金曜日の会社明けで出かけて月曜日の朝戻って来て会社に行くとか。
ちゃんと、職務を遂行できれば問題無いわけですが、端から見てたら馬鹿ですからねぇ(笑)私の言う馬鹿というのは、そういうような、部分です。

やりたいねんもん、仕方ないやんってやつ。
でも、ルールは当然守る。
今、問題になってるのはルールを守らずに謙虚な姿勢を持ち合わせていない人たちが変な目で見られるんでしょうけど、本来その人達も集団ではなく個人個人だと、そうはちゃめちゃな事ができるかと言うと、そこまでの度胸が無い人の方が多いんですけどね。
大宮なんかは、回りに同士と思う連中が多いから、逆に気を強くさせてるのかも知れませんね。
集団心理ってやつでしょうけど、まぁいずれにしても迷惑な話です(笑)

[5] 名前:第三波平  日時:2009/07/03-23:40:15  ID:/afk63Yc
永尾さん、こんばんわ。
>まぁ、気になる人は気になるのかも知れないけど、普通の人は
>その設置理由を知ったら納得してくれると思うのですが、本来
>鉄道ファンがそういう事をきっちりと理解して、それを一般人
>に対して「こういう理由だからこのスペースが必要なんだよ」
>って誤解を解く係にならないといけないのにねぇ

まさにご意見ご正鵠であり、鉄道ファンとは本来そういう使命を持っているんだと思うんですよ。ところが現実はそうではない、自分の気に入らない車両・施設・サービスはケチ付け批判が前提。これ今に始まったことじゃないんですよね。かつて鉄道ジャーナル誌で「東西私鉄論争」がありましたし、15年ほど前だったかにはこれまた鉄道ファン誌で485系の九州RE塗装に対する否定的意見が掲載され、反論掲載の後最終的に「個人の意見で鉄道車両の良し悪しを決めるんじゃない」という投稿で締めくくられた、なんてのもありました。

こうしたケチ付けが趣味界で正当化されてしまったのが「川島本」だと(先の運転台スペースに関しても記述があった)思うんですが、ネット世界だけじゃなく趣味界全般的に蔓延しているような感じもします。せっかく門戸が広がっている今だからこそ、こうしたケチ付け問題は無論、鉄道趣味の問題点について一度徹底して話し合う機会を設けたほうが良いのではないだろうかと思うんです。それこそ先の雑誌や鉄道友の会が先導を切ってやるべきではないかと思いますね。

あと、何で鉄道ファンはアニメ兼業が多いのとか色々といいたい事がありますが、一旦これにて。

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【2:47】 中央線の101系と103系
[1] 名前:林 俊宏  日時:2009/05/31-00:54:38  ID:3Kxo5rlG
永尾さん、こんばんは。

中央線の新性能化は、昭和35年秋とかなり早期に実現しましたが、内容は、オールMから8M2Tさらには6M4Tとなり、昭和47年度下期に103系が入線するまでは101系の牙城でした。そして、同線に103系が入線してからは、「駅間距離が長いので不向き」というのが定説になってしまいましたが、昭和44年度投入の本線緩行と昭和46年4月20日からの常磐快速線や阪和線の天王寺〜和歌山間の快速運用103系が入った時の最も駅間距離の長い駅間を例として出してみました。

平均駅間距離を下記に出してみました。(阪和線快速運用以外)

1、常磐快速線 上野〜取手間   4.4キロ
2、本線緩行  京都〜西明石   2.7キロ
3、中央線   東京〜高尾    2・3キロ
4、阪和線   和泉砂川〜和歌山20.8キロ
        和泉府中〜熊取 12.1キロ(61−11ダイヤ改正前)

数字上でみれば、中央線の平均駅間距離は長いのですが、常磐線快速はおよそ倍以上の距離があったにもかかわらず、103系を使用し続けておりましたし、本線緩行は快速や新快速が内側線を走っていた、61−11ダイヤ改正までは、高速列車に挟まれて走行していたので、103系も京都〜高槻間や西ノ宮〜芦屋間などでは、高速運転を余儀なくされざるを得なかったという過酷な状況での103系の運用でしたね。

中央線の場合は、お茶の水〜四ツ谷〜新宿間は急カーブも多く、スピードが出せなかった点や特急に追われて走ったのでもなく、昭和55年頃の、特別快速も新宿16時代で運転が終わり、途中駅の通過も101系同様の走りで、評定速度も低上、永尾さんが、東京〜高尾間で101系と103系で比較されたデーターでは、103系のほうが2分先着している点からも、「駅間距離が長いから不向き」ということは当てはまらないと思う次第です。

[38] 名前:永尾信幸 ◆OPjUH4NtiDY  日時:2009/06/06-18:26:05  ID:vF9HU2uo
>>37
ちょっと言い方がおかしかったかもしれませんが、記憶に残るシチュエーションを否定するのではなく、それを元に性能比較をする事がまずいという事です。

103系と485系は比較しやすいですが、でも過去にはそうやって103系が駅間が長い場所で速度を上げて485系を追い抜くことすらあったのもまた事実ですし、153系新快速とて同様に485系を追い抜いていましたし、これも事実です。

だからといって153系が485系より速いというような結論を導き出してはいけないですよね。
この「速さ」って、いろんな意味で取れるので、なおさら難しい話だと思うんですよ。

加速の悪い485系が100km/hに達するまでの距離と時間で153系は先に100km/hに達しているでしょう。(検証してませんが)
で、485系のメリットって、100km/h以上出せる事ですよね。
特急で駅を通過するという点と相まって、都市間の運転運転時間を短くできるわけです。
だから、何が速いって「駅に止まらない電車」が一番速いのも事実ですし、50の駅間で最高速度が100km/hに制限されてるところで駅を9つずつ飛ばしで止まる485系より駅に全く止まらない103系の方が目的地に早く着けます。
で、速いというのは、同じ時間でより遠くを走ってる方ですから、そういう比較をすると485系より103系の方が速いと称しても間違いじゃなくなるんですよね。

こういう比較をし出すと、いくらでも答えが出てきてしまうんですが、この多くの組み合わせがある1点を見て、それがその形式間の性能差であるとしてるのが、今の趣味界の多くの方の性能の見方ではないでしょうか。

私がやってる「できるだけ素の状態で比較したい」と言うのも、長短所がありますが、稲岡さんが書いたように「では、なぜ本来の性能と実際は違うのか」という点を追求できる事、実車は個体差が大きすぎる事などを考えると、比較的メリットがある方法だとは私は思っています。
この「では、なぜ本来の性能と、実車は違うのか」という視点は大事だと思うのですよ。
今の多くの方は実車中心ですから、それが本来の性能通りなのか、それとも本来の性能からずれてるのか、それがわからないわけです。
やっぱり「基準となるもの」が無いと、同じ形式の話をしても実車中心だと食い違ったりすることも多いでしょうし、当の本人は「自分がちゃんと調べた、間違い無い」と皆言うでしょう。そう、誰もウソなんてついてなくても、差が出ちゃう事もあるわけです。
そういう誤差のあるものを基本に据えるというのが私には怖いと思うだけなんで。

[39] 名前:林 俊宏  日時:2009/06/06-18:27:48  ID:9TJVtqWf
>>37
よっしゃ、林(リン)GET!(番号が変わりましたね)39ならあの若菜のイメージが強いのですが・・・。

思いこみとは恐ろしいものですね。永尾さんからご指摘いただくまでは、103系を「なめんなよっ」と外側線の特急を抜いた時は、興奮してしまいましたね。目が覚めました。

そして、昭和47年夏に中央快速に状態のよい車両を総武線から主にかき集めて101系の冷房改造車(試作的な要素は多分にありました)40両を投入したのは、首都圏では珍しく京王線の5000系冷房車に対抗するために、国鉄も「特別快速」に冷房車を投入しましたが・・・・。

その直後には、昭和47年度下期にそれまで101系の牙城だった中央線に突然あらわれた、103系の電動サボが斬新だった新製時からの「冷房車」を武蔵野線開業名義で66両投入投入され、昭和48年夏には、環状線の車号に割って入る形でTc103−259〜を1本増備、合計8本の103系が揃いましたね。(サハ103は、101系改造の750番台含む)

そして、新製冷房103系を中央線に投入の名目ですか、南武線新性能化や昭和47年の中央快速の冷房改造車は、総武線から状態のよい後期車を集めており、53年の編成表をご覧になると一目瞭然ですが、101系化されていたといえど、中央線の101系って、若番車が多いんですよね。

ですので、昭和47年からスタートの総武快速開業により、南武線へ津田沼から101系が転属しておりますので、南武線が一番順等だと思われ、その他は、う〜ん難しいですね。青梅線の勾配区間が問題なければ、青梅・五日市線がいいように思われますし、まだ首都圏や関西圏で旧国も大量に残っておりましたが、これらは、環状・山手・京浜東北線から103系が阪和線などへ新性能化名目で移動しましたが。つなぎで横浜線や阪和線というのはいかがでしょうか。

[40] 名前:なにわ  日時:2009/06/06-19:26:58  ID:.heyHQby
>37
元ネタは京大鉄研の会誌で、ピクの増刊号(2001年)で再録されています。
1959〜65年ぐらいの記録ですが、157系の「ひびき」、151系の「はと」(新幹線開業後)は同時発車でもさすがに特急のほうが最終的に先行してしまいます。

ぶち抜くのは客車急行の「阿蘇」ぐらいでした。

そういえば、晩年の「比叡」で117系との併走を体験しましたが、さすがに103系に抜かれたことはありませんでした。あちらは駅に止まるので。
京阪間は駅間距離も長いですから。

>39
単純に中央線特別快速用という名目でいいのと違いますか。中央線ばっかりという批難はくらうでしょうが。
中央線は101系初期車(後期型と5年程しか違いませんが)が多かったですから。しかもそれが武蔵野線に入って、民営化直前までいましたから。
でも471系って、今でも現役なんですが。
>37
朝は涼しいのでOKという単純な理由かもしれません。

36といえば、渡辺長助でした。40といえば、ラインバックですが、桟原、どうしてるんだ。

[41] 名前:永尾信幸 ◆OPjUH4NtiDY  日時:2009/06/06-22:54:13  ID:vF9HU2uo
>>38
「駅に止まらない電車が一番速い」

あれこれ調べ物をしていたら、鉄道ピクトリアル1987年6月号に「首都圏大手私鉄の輸送事情を考える」という曽根さんの記事が掲載されていました。
その中で「時速80kmから平均減速度2.5km/hで停止し、24秒の客扱い後、2.0km/h/sで加速した場合、通過列車と1分余計にかかる」と書いてあるのですね。
で、検証してみたら、確かにジャスト60秒です。ただし、加速の2.0km/h/sというのは80km/hまでの平均加速度ですから、実際には起動加速度が2.8km/h/s以上はいるでしょうけど。
で、この記事中にも、通過列車を待避する場合に必要な時間とか、運転工学の本にも出てきそうなものを多用して説明してるのです。
だから、上野を出ると、北千住・松戸・我孫子の待避設備を有する常磐快速線で30分時隔運転の「スーパーひたち」「ひたち」の邪魔を103系がしないと言う事は、これらを当てはめれば簡単にわかります。
なにわさんが言ったような「都合良く言い換える」って部分でしょうかね。
いずれにしても、専門家ばかりの場所でそれをやると「馬鹿にされる」のは目に見えていますが、我々鉄道ファンに言ったところで、所詮わからんやろ的に安易に考えてるように思いますね。
これだけの事を知ってるなら、なぜそれを適用しようとしないのか。何か恣意的に感じると言うのは、まさにそういう点なんですね。知ってるのに知らんぷりというか。

>>40
たぶん、朝夕は涼しいからってのも理由の一つと思います。
熱容量をとやかく言う事は、ほとんど趣味誌では語られませんね。まぁ、それはそれで良いんですが、そういう視点で見ると、ジェットカーのオフブレーキ運転を山手線でやったらどうなるのかとか、いろいろ疑問が出てきて面白いんですけどね。

[42] 名前:いりちゃん  日時:2009/06/07-00:41:59  ID:HDwIlEEy
さて、懐かしいかた一杯出てきたのに、そろそろまた忙しくてかいてられなくなってきました(w

>>>40
>たぶん、朝夕は涼しいからってのも理由の一つと思います。
>熱容量をとやかく言う事は、ほとんど趣味誌では語られませんね

当時は、特別快速(冷房車)は豊田区の51Tから67T迄の系9運用に限られていました。
その他、冷房車が入る可能性が高かったのは、01T、05Tとかかな。
当時はこの様に運用番号で101系冷房車の運用スジが直ぐに分かる。
だから、その運用が早朝・深夜の混雑スジに入らなければそれほど問題ないという様にダイヤが組んであればヨカッタと思います。

早朝・深夜はダイヤもb速度ですし余裕アリアリでしょ?
困るのは朝7時代〜8時代の秋葉原方面行きだけで、それも千葉側から上京するほうは駅間がながくて、中央快速より速度的にはぜんぜん飛ばしてましたから一番苦しいのは千葉方面行きでしょうね。そこには冷房改造車が入る心配はぜんぜん無い。だから4編成程度のダイヤ固定はぜんぜん困らなかったと思います。
・・・・・一応はRMS電流ですからね。

そうそう、冷房車がかなり増えた頃には71T〜77Tと言う運用にも冷房車が入りましたがこれは走行距離調整みたいな楽な運用だった見たいです。

>思いこみとは恐ろしいものですね。永尾さんからご指摘いただくまでは、103系を>「なめんなよっ」と外側線の特急を抜いた時は、興奮してしまいましたね。目が覚め>ました。

103系(113系)が駅を発車してホームを抜け切る頃に後ろからシャーと言う音と共に特急来襲・・・・一旦編成半分程抜かれるもののこちらもシャカリキにぐいぐい加速してジリジリ先頭車まで特急の乗客がよく見える程の寄りで併走というのはよくありました。
 大体、特急は大阪、京都33分〜41分で走っていたのでずっと120km/hだった訳ではないのです。
 それに速度が90km/hまでおちた状態から再加速しても201系の中速域や205系の様に直ぐ反応する訳ではなく、制御機空ノッチ空走時分や弱め界磁域の加速なので以外と時間が掛かり、フルノッチでぶっ飛んでくる103系や113系と結構並ばれた事もありました。
 ちなみに気動車時代の特急「白鳥」は力行しているのにアッサリ103系に一旦抜き去られました。ええそのとき私は親父に北陸旅行へつれて言ってもらうのに「白鳥」に乗っていたのです。(爆) 食堂車や交直流電機の記憶と共に通勤電車にアッサリ並ばれたスター=ディーゼル特急は子供心に怪訝な印象として残ったものです。(笑)

[43] 名前:いりちゃん  日時:2009/06/07-00:48:15  ID:HDwIlEEy
追伸

41>>
>熱容量をとやかく言う事は、ほとんど趣味誌では語られませんね。まぁ、それはそれで良いんですが、そういう視点で見ると、ジェットカーのオフブレーキ運転を山手線で>やったらどうなるのかとか、いろいろ疑問が出てきて面白いんですけどね。

当時久保田さんが一応儀礼上ハイスペックとして取り上げて比較してますけど、
ジェットカーとか一部民鉄系の車両の性能は、ボディが小さく収容人数も少ないものあるので比較の俎板に載せる前提も満たさないと思います。

もしジェットカーのボディが20m級で、且つ車輪も762mm電動車輪では地上施設に支障があって860mmである必要があったらおそらくいまのスペックは瓦解するでしょうし・・・・・。

[44] 名前:林 俊宏  日時:2009/06/07-04:02:40  ID:Xupc6yqB
>>42
103系と外側線の優等列車の解説有難うございます。また、よろしくお願い致します

また、中央線の101系試作冷房車が昭和47年度上期に登場後は、103系が8本入り、昭和49年には「特別快速」冷房化100%達成しました。

昭和50年から103系の冷房改造が着手されたにもかかわらず、昭和51年に豊田に1編成だけ、101系の量産改造冷房車が増備されているのは、ピクの読者短信欄で拝見しましたが、すでに中央線103系新製冷房車が投入されていたので、101系冷房改造車でなければならない必要性があったのかが当方の資料もなく、未だに疑問が残ります。

[45] 名前:永尾信幸 ◆OPjUH4NtiDY  日時:2009/06/07-05:54:23  ID:fhnwkfFR
>>44
101系の追加改造は、たぶん他に方法が無かったからじゃないかなぁ。

103系を新製するには、101系10両をどこかに転属させなければなりませんから。
で、その時期には武蔵野線延長用などで103系が京浜東北線に入って、捻出された101系が豊田などに来てますので、その分を直接豊田に新製冷房車として投入すれば林さんの疑問は一気に解決しますね。
でも、当時は京浜東北線から101系をたたき出したい事もありますし、山手・京浜東北線のATC化のためにこの両線に103系を集中投入していましたので、そういう事もあって101系を冷改したんじゃないかなぁ。
311〜316が中央線に入ったように、やろうと思えばTc435.436なんてのも豊田に配置になっていたかも知れませんね。

>>43
国鉄の特殊性と言うか、どこでも使えなきゃならないというような汎用性を設計時に入れ込む事、一箇所のダイヤの乱れが全国に波及する可能性がある(大げさですが)ためかなり冗長性を増した設計でなければならない部分もありますし。
そう考えると、HE車のように車両の長さを変えたり、ムリムリ回生するために3両ユニット制をとったNHE車なんて、国鉄で使えるかってんだ。
国鉄では補償巻線も敬遠していましたから、例えばNHE車を3M3Tで使ったとして、補償巻線を用いず弱め界磁が25%まで使えなかったら、130kwモーターにもかかわらず高速特性は非常に悪かったと思います。
まぁ、通勤電車にはそう必要なものではないですが。
鉄道車両なんて適材適所なので、特に民鉄は自社線に適した設計ができますから、国鉄に比べてやっぱり何割かは高性能にはできたと思います。
その考えのまま、その車両が国鉄線で使えると思われると少し困る部分がありますね。

その辺は、当時の形式も少しずつ勉強していってまして、どんな特性になってるのかとかアレコレ見ていってます。

>>42
気動車は直結後はじりじりと速度を上げていきますが、ちょっと勾配があったりするともうあっぷあっぷなんですよね。
80系気動車の10‰勾配での均衡速度って103系4M4Tより低いですから、4M3Tの東海道線と比較すると速度記号上は103系の方が遙かに(は、言い過ぎかな)高いわけで。
まぁ、速く走れると速く安定して走れるの違いとかもあるんでしょうけど、103系が遅い遅い遅いと言うなら、キハ58やキハ82も遅い遅いと言ってもらいたい気分です(笑)
そもそも、気動車と電車を比べること自体が反則かもしれませんが。。。

ちなみに、私は大阪以東ではあまり乗らなかったので、そういう経験は少ないのですが、塚本駅では同様な体験は無数にあります。
塚本駅停車中に宮原から出てきた雷鳥が通過しますが、分岐器の制限もあって、雷鳥はかなり低い速度で、淀川鉄橋では加速していたようですが、大阪駅の1km手前くらいの第一閉塞では減速信号が出てますから、そう高い速度にはあげませんでした。
一方、塚本を出た103系は10‰の上り勾配での加速ですし、淀川鉄橋(700mくらい)をフルに使って80km/hくらいは加速していたでしょうか?
内側線も第一閉塞が減速表示で65km/h制限を受け、また分岐器速度制限用の速度照査もあるので、雷鳥同様に1kmほど手間からはかなり速度を落として運転する必要がありました。
んな事で、淀川上で加速していた103系が淀川を渡りきった当たりで外側線の第一閉塞の65km/h制限のためにブレーキをかけつつある雷鳥に追いつき追い越す(編成を全て追い抜くのではなく、何両か追い抜いた時点で103系も同様にブレーキをかけますが)ケースは結構ありました。
懐かしい思い出です(笑)

[46] 名前:林 俊宏  日時:2009/06/07-10:04:37  ID:Xupc6yqB
>>45
私の個人的な疑問に早速のご助言をいただきまして恐縮です。

永尾さんが書かれているように、103系の新製冷房車は昭和51年ですと京浜東北線にATC関連で同線に集中的に新製103系が投入されている点と捻出された103系・101系によって、阪和・片町青梅・五日市・中央西線の新性能化促進や武蔵野線(小金線)延長用としての車両も確保した点がメインの年度でしたね。

そして、状態のよい101系を豊田に集結させて冷房車1本増という形をとったような感を抱きますし、仮に103系を1本豊田に入れても、転用先に困ってしまいますね。中央線の101系冷房改造車ではクーラーが昭和47年度上期の試作冷房改造車と改造内容も車内天井化粧板交換をはじめとして、昭和51年度からの首都圏仕様(富士重工鶴田)の103系と同様になっており、また、改造日が51年4月と12月とかけ離れている点からも、予算の関係もあったのではという感を抱きました。

また、「関西の鉄道」の初期の松村さんが編集をされていた頃、大阪を17時だったと思われますが、同時発車する113系を塚本で撮影されていらしたシーンを見たことがふと思い出されました。また、外側線の113系快速は、朝・夕の西ノ宮停車が珍しかったですね。

[47] 名前:林 俊宏  日時:2009/06/25-02:02:53  ID:gHcQlazU
101系の冷房改造の話題をさせていただいたことから、昭和53年度まで主要通勤路線でありながら冷房化率0%でした総武緩行線でしたが、通勤型に関しますと以下のように冷房改造や新製冷房車が投入されていましたね。

常磐快速線は昭和51年度末から103系の冷房改造により冷房化がスタート。

山手線は品川所属は、中間非冷房のキセル編成が多かったのですが、中間車は順次冷房改造施工。

京浜東北線の蒲田と下十条の昭和50年代初頭は、阪和線・青梅線の新性能化でこれらの線区の必要最小限の新製冷房車で、特に国鉄発表した数字以上に冷房車に恵まれていましたね。浦和は10連貫通化が促進され、キセル編成も多かったと記憶しております

中央線快速は、特別快速冷房100%完了後、昭和52年度の南武線新性能化時に京浜東北線の蒲田・下十条からの転入103系で冷房率がアップされましたが、総武緩行線も101系の後期車が津田沼に多く在籍しておりましたし、予算の関係もあると思われますが、同線の101系もJR化後の88年まで101系が活躍しましたので、昭和50年代初頭に101系を冷房改造を施工して、もう少し均等にできなかったのでは?と、思うのですが・・・。

まぁ、昭和50〜53年度は、ATC化と旧型国電置き換えが中心でしたが、昭和53年度に南武線や片町線なども101系での冷房改造を施工されておりましたし、総武線の101系を冷房改造し、後に101系初期車の大半でした、武蔵野線や南武線への転出も考慮して、バランスよく冷房車を投入したらなぁと当時子供ながらに思ったものです。

ですが、重量の関係もあったと思われ、せめて基本7連だけでも冷房改造車が投入されれば、0%というアンバランスは生じなかったという感を抱いておりますが・・・。

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【3:9】 209系0番台の転用
[1] 名前:林 俊宏  日時:2009/06/20-04:58:16  ID:OBOgv95n
209系0番台が房総地区に本格的に転用されようとしておりますが、バブルがはじけた後の92年度下期に100両の209系を浦和に投入し、京浜東北線103系が本格的に始まりましたのはご存じのところですね。

そして、この当時の趣味誌には、従来の電車の平均耐用年数20年を大幅に下回り、新しいコンセプトで、まさに「走るんです」という名前がぴったり当てはまりますが、ここで疑問に感じますのは、京浜東北線は大動脈の路線ですが、私はE233系1000番台と全車引退させても、少し時期が遅いのではと思っております。

しかし、計画の変更か国電総研さんのHPを拝見させていただきますと、4連×16本の予定で房総ローカルへ転用予定で、当初の予定に反して、まだまだ使用するようですね。さらに、209系0番台が南武線に同時期に配置がありましたが(その後1本追加もあり)205系を置き換えるのでしょうか。

個人的な感想的になりましたが、素人なのでとやかく申し上げられませんが、この転属には?をつけざるを得ません。

余談ですが、山手線が205系が首都圏各線の101系103系を置き換えた時にも、房総地区への転用が浮上しましたが、とれいん誌で前納さんが書かれていらしたので、計画変更の理由が分かりましたが、「走るんです」は、まだまだ「走るんです」ね。

[2] 名前:牛福羽作@羽村  日時:2009/06/21-10:50:42  ID:MKtSgAuj
林さま 皆さま こんにちは。大変ご無沙汰しております。

209系0番台の房総等への転用(113系等置き換え)については、4連16本どころか6連×26本、4連×42本の計68本・304両だそうです。(これは国電総研2008年度スペシャルに書かれております。)その他に南武線用に6連×3本だそうですので、計71本・322両の転用となります。

209系は確かに鉄道車両(客車)の法定耐用年数の13年間をひとまず持てばよいというコンセプトで作られましたが、13年で一律に廃車するということでなく、13年後に社会情勢や車両の技術の進歩なども勘案して、廃車するのか、あるいは大規模更新・修繕等を施して使うのかを判断するという計画だったと聞いております。
どちらにしても13年も経てば、どんなでも車両の更新修繕はある程度必要不可欠です。その際にかかる費用は再び設備投資として減価償却しなければなりません。その後の検査費用なども、老朽化するに従って馬鹿にならない金額となるでしょう。そのあたりの費用比較なども含めて、どちらが得かを判断して決めるというのは、企業としては当たり前のことでしょうね。

当初、房総用の113系は211系によって置き換えを計画されたようで、現に14本ほどが投入済みですが、諸般の事情?(6連を5連に置き換えたことによって列車によっては輸送力が不足するとか、外房線のこう配区間で2M3Tの211系はパワーが足りないとか聞いていますが、私は内部の人間でないので真相はわかりません)により、やはり209系を有効活用しようということで、今回このような転用と相成ったようです。
台枠については鋼板を使って強化が図られたとのことですし、トイレの新設やクハのセミクロス化など、それなりに手が入れられており、28年前、色も塗り替えず、車内もくたびれたままでしかも暖房の増強もしないで京浜東北線から青梅・五日市線に転用された103系などと比べれば格段の差だと思います。(仙石線へ再転用の際は半自動ドアの設置と同時に暖房増強とかしっかりやっているんですよね。余談になりますが、未だに「E233は青梅線にはもったいない、201系で十分。」などという論調を、にわかマニアならまだしもかなり研究家として名の知れた方などが掲示板等で書かれているのを見るにつけ、沿線住民としてはとても悲しくなります……。私だって、もし8年前に201系のドアを半自動か3/4閉に改造して青梅・五日市線に投入してくれれていれば、201系でも十分と思ったでしょうけど……。すみません。愚痴になっちゃいまして。でも青梅以西や五日市付近の冬の寒さは半端じゃないんですよ。本当に。)

ちなみにまた「国電総研」からの引用となりますが、今回の転用にはほとんどが電動ドア車(後期製造車)が使われ、初期の空気ドア車はクハを除いてほとんど廃車だそうです。またサハに至っては6ドア車のサハ208も含めて当然1両も生き残りません。元々、サハについては例え将来ローカル線区への転用したとしても、余剰になることが明白だったので、初めから客車並みの簡素な構造となっているようですから、当たり前と言えば当たり前だったのでしょう。サハ211やサハ205に廃車が出ているのにも共通していますね。いずれにしても800両近くが300両に減るのですから、「走るんです(私自身はこの言葉、好きではありません。鉄道写真家の南正時氏が広めたようですが。)」の名に違わず、過半数は廃車になってしまうのです。

また、今後211系については、房総での209系投入余剰分と東海道・高崎線の新型車への置き換え(東京〜上野の東北縦貫線完成時に合わせるとか?)による余剰車で、中央山線や高崎・長野・新潟地区などの115系置き換えに使われるそうです。(これも「国電総研」から引用)東日本から113・115系などの鋼製近郊型が消える日も近そうです。

[3] 名前:牛福羽作@羽村  日時:2009/06/21-11:07:21  ID:MKtSgAuj
すみません。上の書き込みで単純な計算ミスをしていました。
房総への投入両数は324両、総転用両数は342両です。
ご迷惑をおかけしまして、申し訳ありませんでした。

[4] 名前:いりちゃん  日時:2009/06/22-07:14:59  ID:P8hp4TaH

おはよう御座います(早!)

誤解を招きそうなので
>>2に一応、その際の周りの状況を書いて補足を。

>28年前、色も塗り替えず、車内も>くたびれたままでしかも暖房の増強もしないで京浜東北線から青梅・五日市線に転用された103系などと比べれば格段の差だと思いま
>す。(仙石線へ再転用の際は半自動ドアの設置と同時に暖房増強とかしっかりやっているんですよね。

・当時は青梅線に限らず色替えして転入するとは限りませんでした。
・青梅線に限らず当時は暖房強化しない更新もしない101系が本線筋で一杯走っていた時代です。
 中央線も立川以西は急に寒くなり霜や凍結による問題が昔から出ています。(川を一つ渡ると2℃寒くなると昔から運転士の間で言われいます。)
 103系もやっと1000番台辺り途中の増備車から纏まった数の車輌が暖房強化されたものの他の車輌の暖房改良はJRになってからです。
・当時、青梅線は73系は雨漏りがする等と新聞で叩かれ(73系の名誉の為に書いておきますが私は一時東中神にも住んでいましたがそんなの見た事ない)、確かに3段窓のまま残っていた車輌は3段窓のうち中間窓の部分で隙間風が入るので急いで置き換えたと言う理由が有ります。
・仙石線は暖房強化やベンチレータ交換等の耐寒対策は昔から旧国時代からやっています。2段サッシへの交換が早かったのも耐寒対策なんでしょう。
 それを言うと広島地区等も寒いですし。地方でも暖房能力の不足がちな気動車が一杯残っていました。
 まあ、どこかで一線を引かないと行けないし、とりあえず当時は限られた予算の中で順番に車輌を更新(転配)していくから、先ずは転入の第1ステップで凌いでくれ(じゃあ、青梅線に新車が廻るまで待てという訳にもいかないでしょうし。)と言う事だったのでしょう。

と言う訳で、沿線に30年以上住んでる私が読めば>>2の状況は大体理解できるのですが、そうでない人が読むと早とちりして、またそれをアチコチで書くと青梅線だけ酷かった様なバランスを欠いた風説をひろめられてもアレ(笑)なので補足しておきますね。

[5] 名前:牛福羽作@羽村  日時:2009/06/22-19:33:29  ID:ih8EJfgx
いりちゃんさま 皆さま こんばんは。

すみません。補足ありがとうございます。東中神にお住まいでしたか。あの駅舎はまだ古いままです!
何も28年前の国鉄の例を引き合いに出す必要もなかったのですが、ついつい恨み節になってしまいまして……。
確かにそれを言ったら、同じ時期に新性能化(完了)された南武線・横浜線・鶴見線なども同様ですよね。多分状況は同じようなものだったでしょう。山手・中央など主要線区を除いて冷房化なども望むべくもなかった頃ですし……。

ただ青梅線の特に耐寒設備については、すぐそばを走る八高線の気動車が半自動ドア装備だった上、暖房も上州の寒さに耐えられるようにかなり良く効いていたため(キハ35でも新潟からの転属車もあって、本当に暖かかったです。)、ついついそちらとの比較になってしまったんですよ。
あの頃だって、西局あたりに八高線と比べて寒いという苦情は行っていたと思うんですけど……。(私もJRになってからですが、お客様相談室に何度か要望を出した覚えがあります。)

私も72系で確かに雨漏りを経験したことは私もありません。むしろ103系で時々窓のスキマから漏ってきて、ティッシュを詰めて凌いだことは記憶しております!!!
どちらにしても国鉄の車両整備状態はあまり良くなかったですね。これも近くを走る西武あたりが古い電車でも非常に整備が行き届いているのでこれも比較してしまうんですが……。

[6] 名前:林 俊宏  日時:2009/06/22-21:36:28  ID:vGguQUGC
牛福羽作@羽村様、お久しぶりです。

209系に関します詳細有難うございます。スレを建てた私の内容も大人げない内容でしたと反省しております。永尾さんすみません。

209系0番台の新製時の鉄道ファン93年5月号を読み返しながら書いてます。

書かれていらっしゃる内容から、113系・115系が淘汰されて、211系の転属や209系を有効活用するということですね。京浜東北線もE233系1000番台への置き換えが進み、今年度で置き換えが完了するようですね。

東日本のオリジナルとなった209系0番台から209系500番台そして、E231系さらには、E233系と進化し、その礎となったのが209系0番台と申し上げても過言ではないでしょう。

[7] 名前:稲岡@ペン  日時:2009/06/23-08:35:40  ID:cbDjuefN
こんにちは.

>2
>201系で十分。」などという論調を、にわかマニアならまだしもかなり研究家として名の知れた方などが掲示板等で書かれているのを

まんまと釣られてしまいました.
ここでの「研究家」氏が自分でないことは承知しています.
特定の愛好家グループのメンバーでもないし.
それ以前に「お前まだ居たの?」みたいな『評価(大爆笑)』を受けていると思われますので.
言い換えれば,「名は知れてねぇよ」,と.
これも『当たり前のことでしょうね』.

このような内容ですので,自ブログですべきかどうかかなり悩みました(だからこんなにタイミングを逸した書き込みになっている)
ただ,自ブログへのポン引きと取られるのも悔しいし,それに1発目から別会場でというのも趣味に合わなかったので,今回はこの場をお借りして書き込みします.永尾さん,お許しください.もちろん,投稿の扱いについては永尾さんのご判断にお任せします.


さて,牛福羽作さんは2006年6月に103板で「中央線201系は2008年春まで」ていうタイトルでカキコされています.
本文を読めばちゃんと巧く逃げ道を作ってはあるのですが,スポーツ新聞のような見出しがイイ!ですね.
祭りだワッショイみたいで.

それはさて置き.
>沿線住民としてはとても悲しくなります

これ書かれると,沿線住民以外の人間は何も言えなくなるのですから,議論の封殺にはもってこいのキラーワードですね.
感情論に感情で応えても埒が明きませんので,こちとらチョイと調べてみましたよ.

「JR東日本 各駅の乗車人員」

不必要な引用を避けたい(後述)ので,ご興味のある方は上の「 」内のタームでググってみてください.すぐに出てきます.各年度,いろんなデータがあちこちから出てきています.

それによれば,青梅線の青梅以北の区間の乗降人員が際立って少ないのは明白です.
たとえば2008年の乗車人員は,未だに113系までもががんばる房総半島の『勝浦』駅で1365人(1日平均)ですが,それを超える駅は青梅以北にはありません.
首都圏からの中古電車ががんばる仙石線だって,青梅⇔奥多摩に比べたら,桁違いの乗車人員数です.
それくらいに乗車人員が少なく,なおかつ以南との運用も分離している青梅⇔奥多摩の区間について,自分ではないはずですが「新車は青梅線にはもったいない、201系で十分。」て意見をあくまで意見として書くのは,それほど外れてないと思うのですけどね.
あるいは「牛浜,福生,羽村,小作」の4駅についてみても,乗車人員数は平均したら13,400人強/日です.(2005年データ)
レベル的には,千葉〜佐倉間,千葉〜大網間,あるいは駅ベースでは木更津駅,土気駅と同等です.
それら路線では,国鉄形がまだまだ頑張っている訳です.
全車を新車に換えなきゃいけない理由が利用者サイドに存在したとは思えませんので,あくまで意見として「201系で十分。」と聞かれるのは,それほど外れてるとも思えません.
※本来の車輌性能とはまったく無関係な耐寒装備について・・・・ご存じないでしょうが,って書いたらもちろん知ってますよと返されるのでしょうが,3/4閉は201系試作車に装備されてました.それが量産車に生かされなかった理由は・・・あの時代を『真面目』に生きてれば,考えるまでもないはずです.
そんな3/4閉にしても,半自動にしても,電車のシステムの根幹ではない事項です.
改造すれば付けられる.それは車輌のせいではない.
そんなことはお構いなしで,その存在までも否定される201系.
沿線の方々には「疫病神のような存在でしたか,完全消滅まで間もなく.お喜び申し上げます」・・って書けば,よろしいのでしょうか?

>引用について
引用は最小限に留めるのがモラルです.
限度を超えると著作権まで絡んできて厄介なことになりますが,ここではそんなことを言わんとしているのではなく,あくまでモラルの問題です.
国電総研さんはちゃんとサイトがあるのですから,サイト作者でもない限り「そちらをご参照ください」と書けば済むことです.
特に,引用の間に自説(=出展も明かせないような思い込み)をこっそりインサートされますと,読み手がそれをそれとして区別するのに苦労します.
ネットの「無料デタラメひゃっかぢてん」でも意図的に使われる手法ですが,「伝言ゲーム」のようなメカニズムにより情報の歪曲が起きないように,各人が努力したいものです.

国電総研さんに書かれている内容は,時に『現場での計画変更』の結果,内容が大きく変わることがありうることは,知ってる人は知ってることです.(そこまで新鮮な情報を頒けてくださる国電総研さんには,いつもホントに感謝しております)
国電総研さんの内容を不必要にコピペされますと,結果アウトデートになった内容が消えずに残ることになり,読み手がそれをそれと気づいて区別するのにまた苦労します.

>本当に余談ですが,
余剰となった京浜東北用209系の運命は,その国電総研さんでさえ,当初は『解体』のはずでしたが?

本当はこれ以降に201系ヲタの恨み節をツラツラと(ワードカウントで,919文字でした)書いたんですが,これはさすがにやばいので,そのうち何処かでコッソリ上げときます.ご了承ください.

[8] 名前:なにわ  日時:2009/06/23-12:00:29  ID:kwYaMC5l
荒れる予感がしてきましたので、このスレ、削除しませんか。

[9] 名前:牛福羽作@羽村  日時:2009/06/23-20:22:24  ID:D.nSlgG8
この度は大変不愉快な思いを皆さま、特に稲岡さまにおかけいたしまして、大変申し訳ありませんでした。

決して201系を、特に性能的な問題で貶めたつもりは全く無く、むしろ201系は大好きな車両の一つです。
私の場合敢えて青梅線のヲタを称させていただくなら、小さなころから愛用した72系・クモハ40・101系・103系などすべて好きです。当然E233も好きで、永遠とは言わなくても201系との共存を望むところですが、ならば少なくとも201系を青梅線用として残すなら、半自動ドア改造してくれていれば、利用者としても納得だろうな、という気持ちからでした。

また、3年ほど前の書き込みですが、「中央線201系もあと1年半強で無くなってしまいますよ。記録などをされる場合は早めに!」という主旨での、それこそJRの発表記事をほとんど引用した書き込みでありました。(確かこの直前に、置き換えはこの後2〜3年かかるという推測の書き込みに対しての反論だったと記憶しております。結果的に三鷹〜国分寺間の連立工事の遅れから現在でも20両が活躍しているのはご存じでしょうが、この時点ではJRからその旨の発表なりはありませんでした。)
いずれにしても、結果的に3年も前から稲岡さまに不愉快な思いをさせてしまっていたのでしたら、お詫びのしようもございません。申し訳ありませんでした。

いずれにしましても、この度は、青梅線に対する偏見や差別あるいはそのローカル性を鑑みてくれなかった、国鉄・JRの姿勢に対しての私怨を、余談とはいえ場違いにも書いてしまった私に全て責任がございます。

スレ建てされた林さま、またお手数おかけする永尾さまには申し訳ございませんが、少なくとも私のレスだけでも全消去していただければ幸いです。

最後に重ねて、大変ご迷惑をおかけしたことに対しまして皆さまに深くお詫び申し上げます。また反省の意を表すため、しばらく書き込みは自粛いたします。

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【4:22】 基本的な事ですいません
[1] 名前:永尾信幸  日時:2008/02/29-18:06:46  ID:ofV3K5Y0
電気代って何を基準にはかるんでしょう?

消費電力量として計算するのは、電流量を計算してそれの総計みたいなんですが、電流量ってのは、抵抗制御の時は抵抗でかなり削られていますよね。
でも、計算の時は抵抗で減った分の電流量で計算します。

じゃぁ、抵抗で削られた電流量は計算しなくて良いのかなぁって。

で、良く抵抗で無駄になる分といういいかたをしますが、それなら別に無駄じゃないじゃんって。
確かに入力パワーを全部使い切っていないというのはあるのですが、電気代が変わらないのであれば別に抵抗で熱になってもいいわけで。
この辺がちょっとわからないんで、誰か教えてください。(他力本願)

[13] 名前:なにわ  日時:2008/04/01-22:33:13  ID:.OD4Uv/c
>電流ってわかんないですね。
た抵抗器とモーターの抵抗の合計抵抗がわかれば、電圧を合計抵抗で割れば、電流が出てきます。
あとは車輪まで直列の場合電流は同じです。並列の場合は>11で書いたように逆比例配分されます。

[14] 名前:永尾信幸 ◆OPjUH4NtiDY  日時:2008/04/01-23:22:46  ID:hbhiahgd
>>13
ってことは、私が一番恐れていた、限流値400Aで、平均起動電流が420Aの場合、パンタグラフから電気が入ってくる時点が既に420Aということなんですか。
だまされたぁって感じ(笑)
まぁ、電流の変わりに電圧が減ってるからという事なんでしょうけど、電流が減ると思っていたら、電圧が減ってるというイメージですね。

だったら、>>12のモーターから線路までは 0V 400A ということなんですね。
なるほど、なるほどって感じです。
そういえば、豆電球と乾電池で何か小学校の時に電流とか調べた記憶があるなぁ。
あれのことなんですよね。

一時的に電流が主電動機に多く流れるのは、抵抗を抜いて電圧が一時的に上がったからって事なんですね。
(._.) φ メモメモメモ ですねぇ(笑)

学校で習ったようなならわなかったような、覚えてるのは豆電球だけだもんなぁ・・・いつの話や!!

[15] 名前:イカ  日時:2008/04/02-22:14:33  ID:TELfWGPA
やれやれ苦労してますね^^;

>>12 永尾さん
パンタグラフから線路までの図ですけど、電圧の考え方が基本的に間違ってます(笑)
直列の場合、電圧は個々の機器に対して足し算をします。

パンタグラフのところが1500Vで、抵抗器とモーターの間が750Vで、線路がゼロになるのではありません。
それは線路に対する「電位」であって、「電圧」ではないんです。

◇ パンタグラフ



[R] 抵抗器



[M] モーター 8個



線路

この場合、パンタグラフと線路の間に1500Vの電圧がかかっています。
この電圧は、抵抗器やモーターなどの機器に分配されます。
これは抵抗に比例します。
途中の電線は抵抗がほぼゼロなので、電線には電圧がかかりません。

では、モーターをすべて直列にしたときを考えてみましょう。
図を横にしてみます。

◇−−[R]−−[M1]−−[M2]−−[M3]−−…−−[M8]−−線路

この状態で、抵抗[R]をゼロにすると、M1からM8までのモーターはすべて同じ抵抗値を持ちますので、
同じだけ電圧がかかります。一個あたり、1500÷8=187.5Vです。
電流の通り道は一本しかありませんので、どこをとっても同じ電流が流れます。
440A流れているとすれば、一個のモーターは187.5V×400A=75kWを消費するわけですね。
これが8個ありますから、全体で75kW×8=600kWを消費します。
これは架線電圧1500Vに400Aをかけた600kWとイコールになります。
何の不思議もありません。

ここまでいいですか?

-----

さて、前にも話したように、速度がゼロのときは、モーターの抵抗はほぼゼロです。
回路を流れる電流は、電圧÷抵抗で決まりますので、抵抗がゼロだとショートしたような状態になり
過大電流が流れてしまいます。
そこで、起動時は抵抗を最大にしておき、やはり電流が400A流れるように調整します。
このとき、大半の電圧は[R]にかかります。モーター[M]にはほとんどかかりません。
この場合でも、架線電圧1500V×400A=600kWの消費電力はさっきと同じです。
ただし、消費電力のほとんどは抵抗器で熱になり、モーターはほとんど仕事をしていません。

ここまではどうでしょうか?

[16] 名前:イカ  日時:2008/04/02-22:40:46  ID:TELfWGPA
続けます。
●直列最終段
◇−−[R]−−[M1]−−[M2]−−[M3]−−…−−[M8]−−線路

この状態で、徐々に[R]の抵抗値を下げていき、最後には[R]はゼロになります。
このとき、個々のモーターにかかる電圧は1500V÷8=187.5Vです。
抵抗は短絡しましたので、これ以上電圧を上げることができません。
そこで、並列につなぎ替えます。

●直並列
MM'ユニットの場合、以下のようにつなぎ替えます。
回路は2本になって並列ですが、4つのモーターは直列していますので、
これを「直並列」と呼んだりします。

 ┌−[R]−−[M1]−−[M2]−−[M3]−−[M4]−−線路
 |
◇┤
 |
 └−[R]−−[M5]−−[M6]−−[M7]−−[M8]−−線路

パンタグラフと線路の間に1500Vがかかるのは同じですが、
回路が2本になりましたので、それぞれに400Aが流れるようになります。
全体の消費電力は、1500V×400A×2系統=1200kWに倍増します。
さて、直列最終段では、個々のモーターに187.5Vがかかっていました。
直並列に変えるときには、同じ電圧がかかるように[R]を調整します。
個々にかかる電圧は以下のようになります。
 R - 750V
 M1- 187.5V
 M2- 187.5V
 M3- 187.5V
 M4- 187.5V
-------------
合計 1500V
もうひとつの[R]-[M5]〜[M8]も同様です。

このとき、モーター全体の消費電力は、187.5V×400A=600kWです。
全体の消費電力が1200kWですから、またも半分は抵抗が消費しているわけですね。

ここから速度を上げるには、またもRの抵抗値を徐々に落としていきます。
速度が上がり、Rがすべて短絡すると、
 R - 0V
 M1- 375V
 M2- 375V
 M3- 375V
 M4- 375V
-------------
合計 1500V

こうなります。このとき抵抗の消費電力はゼロになり、
理論上、モーターの消費電力と、ユニット全体の消費電力が等しくなります。

------
電車の場合、この直並列で終わりで、これ以上モーターの電圧は上がりません。
そこで弱め界磁を用いるわけですが、電気機関車の場合はもう一度組み替えて
さらに並列段がある場合もあります。

[17] 名前:イカ  日時:2008/04/02-22:49:15  ID:TELfWGPA
>>16でちょっと書き間違えました。

×このとき、モーター全体の消費電力は、187.5V×400A=600kWです。
○このとき、モーター全体の消費電力は、187.5V×400A×8=600kWです。

[18] 名前:永尾信幸 ◆OPjUH4NtiDY  日時:2008/04/02-23:40:56  ID:HmH7Hjac
>>15-17
大作ありがとうございます。
とりあえず、私が一番わからなかったのは

>電流の通り道は一本しかありませんので、どこをとっても同じ電流が流れます。

の部分なんですよ。
だから、パンタグラフからの入力時点がどうなのかが気になっていたというか。

「消費する=減る」という図式で考えるなら
入力時点から抵抗を経てモーターに至った場合、モーターで400Aなり440Aなら入力時点はもっと大きな電流が流れてただろう?という風に考えていたんですよね。
だから会話がかみ合わなかったと言うか。

私が>>12で書いたのは、その考えを電流一定の場合、電圧がこう変われば計算上は納得できる値にできるなぁ(笑)というシミュレーションです。
あ、並列に関しては、運転理論の101系の計算表でも途中から880Aとなってるので、それで表してると考えています。
電力消費量を計算する際には、並列で倍、弱め界磁で並列時の1割り増しを使うようです。

でも、みなさんが、こうやって図示してくれたり、いろいろ説明してくれたおかげで、パンタから線路まで全体で考えるというのがわかりました。
私の疑問は個々に考えていたのでややこしかったと言えましょう。

ちなみに>>12のはパンタグラフから入ってから抵抗器で消費されてモーターで消費されるのを個別に計算したという感じです。
極端に考えれば、抵抗とモーターの間を1500V 200Aとしても別に良かったのですが、今疑問に思ってるのは、モーター時の電流とパンタ時点での電流の関係でしたので、400Aというのは合わせておいて電圧を下げて書いた感じです。
だから、>>12の抵抗の部分を0にすると、300KW消費されていたのが無くなって、パンタグラフからと同じ1500V 400Aがモーターにいきますので、600KWがモーターにかかる(1個あたりは8で割ればでる)ということで、数値自体はイカさんの書いてくれているのとは変わりません。
ただ、電圧と電位の考え方がチト違っていただけかなぁと。

どうも、順番に処理してないと気持ち悪いというか(笑)一括して考えるというのが何か違和感があったようです。
ですので、モーターから線路まではじゃぁ電流はどうなってるんだろうとか思ったり。
1本道で考えるなら線路まで400Aなわけですが、そう考えると600KWのすべてを抵抗とモーターで消費したあとであれば、電圧0Vなら計算があうなという感じですね。

>電圧は、抵抗器やモーターなどの機器に分配されます
これも、この辺を理解できればなんとかなるかなぁと思ってます。
電線には電圧かかってなかったんですね(^^;;
高圧電線とか言うので、てっきりあの線自体が高電圧なんだと思ってましたorz
線の端と端の部分の何かの機器に高圧がかかってたという事なんですね。
うーん、そうだったのかぁ(笑)という感じです。

線を1本で考えてってのはまだなんかしっくり来ないですが、だいぶ慣れてきました。

[19] 名前:イカ  日時:2008/04/03-12:54:13  ID:M6L3xw2l
>高圧電線とか言うので、てっきりあの線自体が高電圧なんだと思ってましたorz
>線の端と端の部分の何かの機器に高圧がかかってたという事なんですね。


そういうことです。
「何万ボルトの高圧電線」なんて言いますけど、あれは地面に対しての電圧です。
それが証拠に、高圧電線には鳥が平気でとまっていますよね。

電圧についてまとめますと、
・1点だけに電圧はない。あるのは電位
・2点間に電位の差があると、その2点間には「電圧」が生じる。
ってことです。

電圧は「高さ」とよく似た概念です。
地上数百メートルのビルに上っても、ちゃんとした床さえあれば平気です。
しかし、地上に落ちるとエライことになります。
では、地上はだいじょうぶなのかといえば、そうでもなく、
深い穴が掘ってあって、地上から落ちればやはりエライことになるわけです。

[20] 名前:ヨッシー  日時:2009/05/14-09:56:13  ID:watYvtE7
電動機の起動時には、なぜ大きな電流が流れますか。

[21] 名前:永尾信幸  日時:2009/05/16-09:17:25  ID:mJ7tvs3U
>>20
直流直巻電動機の場合しかわかりませんが、出力は「回転数×回転力」です。そして「回転力が大きいと容積が大きくなる」事から、出力が同じなら回転力を低くして回転数を高くする方が電動機は小さくできます。
小さい方が車両に取り付けるのも楽でしょうし重量的にもメリットがあるので、そういう風な設計で小型化した電動機は多いです。

が、その場合、回転力が小さくなっていますから、起動時に大きな加速を出せません。
ただ、回転力は電流が大きくなるにつれて大きくなりますから、起動時に大きな電流を流して必要な加速力を得る為の回転力を出しています。
1960年代の高性能をうたった民鉄の車両は、ほとんど一時間定格電流の1.5倍以上の起動電流となっているはずで101系も空車時約1.2倍〜300%乗車時1.6倍の電流が流れる設計でした。
ただし、電動車ユニットが多くなるとピーク電流が大きくなり、中央線では101系のもてる力をそのまま出せなかった事から、103系では起動電流は空車で一時間定格電流以下と施設に合わせてあります。

[22] 名前:イカ  日時:2009/05/16-17:07:16  ID:.OlV.Txn
>>20
電動機には逆起電力というものが作用します。
逆起電力はモーターの電気抵抗のようなもので、回転数が上がるにつれ大きくなり、停止状態(つまり起動時)では0となります。
起動時は抵抗がほぼ0なわけですから、電流が大量に流れてしまうわけです。

もうひとつはモーターの構造を考えてみてください。
直巻電動機は、界磁も電機子もひたすらコイルです。
コイルは交流を流すと抵抗が生じますが、直流を流すとほとんど抵抗がありません。
要はショートした状態になるんですね。
ただし、モーターが回転をはじめると、磁界も回転し始め、交流と似たような抵抗を発揮するわけです。

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【5:120】 MT54搭載の通勤形
[1] 名前:ぬけ  日時:2007/09/11-02:50:00  ID:lOYl2aMr
こんばんは、永尾さん。

「103系の方が101系よりも速いな〜」と感じてから約40年ほど経ちましたが、
永尾さんが集めて解説して頂いた発表を読み、間違いでなかったという安堵が
とれました。ありがとうございます。

「101系の制動は凄いから、103系よりも突っ込み速度が高く取れ、速い」との
意見も耳にしますが、根拠がいつも判りません。
103系は、101系よりも制動向上を目指したはずでは?

空走、電制の立ち上がり、はたまたDT-21・TR-64のごつい両抱ブレーキが、如
何にも強力な制動を保障するように見えるからか(実際、東武8000系並に殆ど
空制で止まっていたのか)?
経験からは、103系は「加速、減速とも101系に勝る」としか覚えていません。

題意に戻りますと、MT54の通勤形ではM:T比1:1の場合、重通勤路線では無理と
いう例が西武鉄道で実証されているのではないでしょうか?

西武411形高性能化は、運用の効率化を目指したと公表されていますが、実際
はM:T比の向上が目的だった気がします。
ご存じのとおり601系のモハ召し上げによる701系6両化と4両編成併結による
10両の重用は意外と短期間に終わっています(6M4T)。
2000系が4M2Tの強力編成であった所為もあるでしょうが、701系列の運用がそ
の後4M2Tや6M2T(4M4Tではなく)が主力となっていった点からも、この主電動
機が通勤形に向かないと判断されていたのではないでしょうか。

全くの憶測ですが、4扉車を主力にするという変遷を受けたといえ、701系列が
ことのほか早めに退役した点も主電動機の問題があった様な気がします。

よく言われることですが、「101系の150KW主電動機が秩父線には過剰では?」
という点も、「通勤形として、MT54の出力不足を打破するのに150KWになって
しまった」と考えると案外すっきりします。

MT54の通勤形を実現した西武鉄道の状況を国鉄はどう見ていたのかが気になり
ますが、国鉄はその150KW主電動機に興味をもった(又聞きですが、国鉄の技
術の方がピク誌上でそのような発言をされていたとか)とも。

相変わらず根拠に乏しい空想ですが、「103系は悪くはないの一助」になれば
と思い書き込んでみました。

[111] 名前:永尾信幸 ◆OPjUH4NtiDY  日時:2008/02/06-06:50:17  ID:AdPBkdFp
電気車の科学1975年1月号に、MT54付きの113系、同じくMT54をつけたと仮定した101系(要はMT55+1:5.6車)と103系の駅間距離ごとの運転速度と消費電力の表が掲載されています。
執筆者は車両設計事務所の方。
条件は架線電圧1500V300%乗車2M2T・・・回復余力10%
限流値の記載なし。

113系
1キロ−106秒−12.5kWh
2キロ−154秒−19.0kWh
3キロ−199秒−24.4kWh
4キロ−244秒−29.2kWh
5キロ−289秒−33.3kWh

101’系
1キロ−101秒−11.1kWh
2キロ−151秒−18.0kWh
3キロ−197秒−23.2kWh
4キロ−240秒−27.0kWh
5キロ−284秒−31.7kWh

103系
1キロ−096秒−10.2kWh
2キロ−148秒−16.5kWh
3キロ−196秒−21.4kWh
4キロ−242秒−26.2kWh
5キロ−285秒−31.9kWh

ほれほれ、MT54付きの113系よりも103系の方が4キロ5キロでも早く着くって言う私の推論はばっちり出典付きで説明できそうです。
よくぞ101’系も同じ表に入れてくれたって感じです。

MT54付きの通勤電車が5キロ以上の駅間でないと103系に比べて優位性を確率できない事がはっきりしたわけで、5キロ平均の通勤路線なんて、たぶん存在していないと思うので(まだ調べてない)MT54の通勤タイプを作っても、103系に比べてほとんどメリットが無かったと言えそうです。
もちろん、日中で上り勾配で乗車効率が50%とかと比較されたら困りますけどね。
通勤電車はラッシュ輸送を行えてナンボです。
この時間帯が一番多くの車両が稼働してるわけですから。
その時間帯の性能を比較する事は大事なのですが、やれ高速性能だ(そもそも2分や3分間隔で走ってるところでどれだけ最高速度を上げれると思ってるのやら)なんだと言われてきたけど、少し活路が見いだせたように思う。

そう、103系は省エネ電車なのだ。
そのメリットを棚に上げて、限流値さえ上げれば加速度など上げれるのに、それを抑えているってのがわからないから、加速性能がどうのとか言う。
103系の6M4Tの応荷重装置を使った時の加速度は2.6km/h/sあたりになるんだけど、JR西の321系なども2.5km/h/sだし、201系も時速50キロあたりまでの加速度は同じくらい(少し早い)。
要は、この加速度域が過密路線での通勤輸送には一番適していたわけだったんですよね。
コストパフォーマンスが一番良かったというか。
いたずらに加速を良くしても、そう効果が得られないのはピクの103系特修などで久保田氏の加速と減速を変化させた場合の運転間隔の比較という表を見れば、ほとんど無意味で、そのために多くの電流を流す必要があるんですよね。
回生ブレーキで返せば良いと言うんだろうけど、国鉄として標準化に適した回生システムは201系まで待つ必要があるんだから、私鉄がやってるからできるはずってのは根拠としては乏しいと思うな。

ま、いずれにしても、MT54+1:5.6は国鉄通勤路線を使うにはあまりメリットが無かった事がはっきりしたのがうれしいです。
2万もかけて本を入手したかいがありました。

[112] 名前:永尾信幸 ◆OPjUH4NtiDY  日時:2008/02/06-14:38:33  ID:HxNWoiyM
今更ながらに東海道線の113系の限流値ですが、1988年3月回生で350Aから420Aに変更されているようです。(出典:電車1988年4月号)
で、私は限流値を上げると、消費電力もあがるだろうと言うことを再々書いたように記憶しているのですが、このときのシミュレートでは加速が良くなる分、ノッチオフが早くなり、結果として消費電力は350Aよりも少なくなるとのこと。
一概に、限流値増=消費電力増とは言い切れないようです。
ただ、この辺は運転曲線をどうとるかがポイントになってくると思います。
まだまだ、事例とそのときの状況を解析してみる必要がありそうです。

[113] 名前:ぬけ  日時:2008/02/20-00:00:50  ID:5KNi8XYr
>結果として消費電力は350Aよりも少なくなるとのこと
件の総武快速の280Aはかえって、「安物買いの銭失い」だったのかなぁ。
線形とピーク運転時の状況から判断して280Aにはなったんだろうけど・・・。

[114] 名前:永尾信幸 ◆OPjUH4NtiDY  日時:2008/02/20-10:05:19  ID:kY0DPXsh
>>113
その辺は、電力供給設備や電力線設備の関係が絡むんじゃないかなぁ。
総武快速ですが、東海道線では応荷重装置レスで限流値一定のようですが、1000番台は空車280A〜積車350Aだったように記憶しています。
だから、ラッシュ時などの加速は東海道線も総武線もほぼ同じだったと考えていますが、はっきり資料を見直した訳じゃないので・・・

[115] 名前:ぬけ  日時:2008/02/23-00:44:47  ID:0nMvMb5U
>1000番台は空車280A〜積車350A
ああ、応荷重使用でですか。失礼しました。なんだ、ピーク時に電気が十分には無いにしてもそれなりに供与できるということではないか。
運転取り扱いが、少しは楽になるということなのかな?ああそれとも、当時使用していたATCの関係かな?
ATCの閉塞とか完全に理解していないですが、加減速一定の方が当時のATCにはよかったのかも。というか、それが前提だったりして。

[116] 名前:ぬけ  日時:2008/04/27-23:44:32  ID:MLNxvvWx
お久しぶりです。
〜旧営団地下鉄のトンネル断面〜
久しぶりに地下鉄博物館の図書館を利用しました。

単線箱形トンネル(開削工法)
幅:車両定規=2880mm、建築定規=車両定規+左右200mm、誘導機器等設置=建築定規+左右350mm、その他機器?=+500mmで計4480mm
高さ:車両定規=4400mm、架空線距離=400mm、道床=550mmで計5350mm
単線シールドトンネル(シールド工法)
半径=2850mm

以上から、断面積は
単線箱形トンネルは約24.0m^2
単線シールドトンネルは約25.5m^2

単線箱形トンネルの方が通気は悪そうです。

103-1000が、301や103-1200並に昼寝をしていれば悪玉扱いされなかったのかもしれません。

蛇足:最新の副都心線では、楕円断面のシールドを採用し「無駄堀」を少なくしたとのこと。
営団3000系に採用した剛体架線対応パンタグラフは、PS-16改造品が源流とのこと。つまりPS-21とほぼ同じということか。

営団6000系の回生ブレーキは、55km/hあたりから全界磁で効くという設定らしいのですが、高速域での設定は弱め界磁としか書いて無く、どう処理しているか全く不明でした。

以上出典
東京地下鉄千代田線建設史、同日比谷線建築史

ところで、よく聞く電制の「高速絞り」とはどういった動作なんでしょうか?
弱め界磁にして発生電圧を押さえる以外どんな手があるのでしょうか?
8個MMのうち4個しか電制に使わないとかでしょうか。
この辺ご教授いただけたら幸いです。

[117] 名前:なにわ  日時:2008/08/26-21:05:23  ID:TCkUWDOU
ものが101系の話なので、ここに継いでおきます。
しばらく前、1978年の総武緩行線の101系の冷房改造が、McM'T'cばかりであった件ですが、基本付属の入れ替えが結構多かったので、TcMM'cを付属編成にできたはずです。ところが、151系電動機流用車は、
McM'8T'c            5本
McM'T'cMM'TT2TMM'c  ほぼ2本
McM'TTMM'c          5本
McM'T'c             4本
と、総武緩行線の10両化以外はみなクモハ101先頭で、中央快速線、大阪環状線とも従来の編成に合わせる分だけしか、クモハ100のユニットが製造されていません。
この段階で、103系や165系のように、奇数M、偶数Tの原則が確立していたのかもしれません。そう考えるとクハ101はかわいそうな存在ですね。

[118] 名前:通りすがり  日時:2009/04/23-21:54:23  ID:zwG.ndJN
MT54への換装というのはどうだったのでしょうか?
471系→475系なんて例があります。通勤形(?)では愛環100形→えちぜん鉄道でやってます。こっちは600V化も伴っていますが。

[119] 名前:管理人削除  日時:管理人削除  ID:??
管理人削除

[120] 名前:管理人削除  日時:管理人削除  ID:??
管理人削除

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【6:111】 103系が継続して作り続けた理由
[1] 名前:永尾信幸 ◆OPjUH4NtiDY  日時:2008/09/28-17:43:16  ID:xgCFJAFb
スレッドを新しく立ててみましたが、103系が設計された理由としては、首都圏の電力事情がありましたし、それは間接的に投資額低減という意味では首都圏だけの話ではなく通勤輸送全般にかかわる事項でした。
ただ、103系が20年にわたって作り続けたというのは、さすがに行き過ぎの感がするのですが、私なりに量産の過程で石油ショックなどのエネルギー危機があった点をもう少しつきつめたいと思っています。

これは103系が経済運転をするうえにおいては非常に他系列に比べても優れている点があり、民鉄などで1960年代に行われていた高出力モーターを用い、M比率を下げつつ高性能を維持した考え方と相反する考えを国鉄は必要としたわけで、それは石油ショック時に更に顕著な問題になったのではないかと。
古いジャーナルなどを見ていて、ジャーナルは新聞記事の抜粋を載せてくれていましたが、1974年4月号に下記のような記事がありました。
===
1974年1月16日(水)国電暖房ストップ…石油・電力の第二次規制が始まり、動力源の油と電力は100%確保されたが国鉄も暖房と駅舎照明を自粛。東京・大阪の国電は朝のラッシュ時から夕方ラッシュ時まで昼間時間帯の暖房全面中止
===
今では考えられない事ですよね。
これはある意味、1960年代の首都圏通勤輸送で300%の乗車効率を改善しなければならないという切羽詰まった状態と似ていると思います。
さて、この時期に、例えば民鉄で使われていたような130kwモーターなどを使って高加速・高減速・高速な電車が受け入れられるでしょうか?もちろん、電力回生ブレーキをつければ良いと言うかも知れませんが、回生ブレーキはあくまでも「使った後に戻す」のであり、場合によっては戻せない事もあります。
本来の省エネとは、201系などの電機子チョッパ制御、つまり力行中の消費電力を抑える、つまり「今まで使っていたのを少なくする」事じゃないかとは思いますね。
そんなことで、この時期に高出力の電車を作る事ができなかった事、経済運転上の比較では4〜5kmまでの駅間距離では103系で十分であった事などで新形電車が遅れたと考えられます。
このへんは、動力近代化計画のSL置き換えとも関連してくる話で、当時のジャーナルには比較的多く記事が書かれていた(特に国鉄関係者から)ので、それらを少し検証していきたいと思います。

石油ショック自体は1974年と1978年頃にあったようですが、103系の消費電力量の少なさが、ここに来てもメリットとして受け入れられていたんじゃないかな。
ま、少しこの件は継続して調べてみます。

[102] 名前:永尾信幸  日時:2009/03/21-11:00:49  ID:.eevBxye
スキャンをすすめていたらあれこれ出てきたので・・・

鉄道ジャーナル1995年5月号
久保田博 「国鉄時代の近代化EC・DC設計の考え方とその拝啓」

(5)軽量化と車両寿命
近代化電車の特色の一つは、旧形の72系通勤形M車の自重45tにくらべて103系M車の36t(冷房装置なし)のように、大幅に軽量化されてる点である。軽量化は車体・台車からあらゆる部品にわたり、その後もたゆまずすすめられた。
当時、内外で車体構成に軽合金やステンレス鋼を採用して相当に軽量化された車両が生まれていたため、その可否についても研究された。車両に一般に使用されている炭素鋼にくらべて軽合金やステンレス鋼は数倍の高値で、採用には車両価格の高騰がさけられないのが問題であった。そのため、軽量化により軽減できる動力費と増加する車両コストを比較した採算性が検討された。当時の電力単価を17円/kWh、エネルギーコストの上昇を年6%と仮定して、採算限界の車両コストの増は軽量化1tあたり約150万円と算定され、軽合金やステンレス鋼の採用はこれを上回るため見送られた。

結局、技術はコストをどれだけ押さえて提供できるかにかかってると言っても過言では無いわけで、サロ153で東急と日本最初を競ったステンレス鋼採用などの試験段階は良くても、量産段階となると二の足を踏んだのは、そういう事情があったのでしょう。
さらに、この段階では利子を入れてませんが、実際には国鉄が赤字経営になった後の設備投資は借金によってまかなわれます。
最後まで残って国民負担となった、国鉄の長期債務ってやつです。
車両単価にはその利子分も計算して採算を考えなきゃならなくなってきますので、益々昭和40年代以降は「価格が高い技術は採用しにくくなった」と言えそうです。

国鉄が採用してくれたら大幅に値段の下がった技術もあったでしょうから、そういう面では日の目を見なかった技術もあったかもしれませんね。

ちなみに、昭和40年の消費者物価指数を平成19年に換算すると4倍とのことなので、当時の3兆円の7ヶ年計画は、今で言う所の今後7年で12兆円の設備投資をしろ、しかも自社でまかなって。と言う事になります。
国鉄はケチだと言う意見もあるでしょうが、この設備投資をやらなきゃならない上で、無駄を省くのは当然であり、そう考えたら「安定した性能を出してる車種を、わざわざ小出しでバージョンアップしていく」なんて出来なかったのは自然かなぁと。
ただ、そんな中で301系は頑張ったと思いますけどね。
アルミがステンレスより高かったのは間違いないですし、通勤形でエアサス入れてますし・・・
金さえあれば、何でもできるんだぞ!と言ってるかのよう(笑)
結局、金が無くなって103系にダウングレードされちゃいましたが・・・



いえね、本当に103系で性能不足だ云々言ってる方々には「じゃぁ301系入れたらよかったんだ」って常に思いますねぇ。
現場が103系で不満がなかったから、301系も入れなかったし103系のままだったんだけど、なぜか外野は自分の車両観で見てきますからねぇ。
103系だと性能不足だとか。。。
いや、だから、どういうところで性能不足なの?
と言うと、高速性能が全くだめじゃん。と言うだろう。
じゃぁ、その高速性能がだめな場合ってのはどういうケースなの?
そりゃ、駅間距離が長い所を走る場合だろう?常磐快速とか、大阪の東海道線とか。
で、その両線にはどんな形式を入れたらどれだけの効果があるの?
そりゃ、早くなるやろ。。。

とは言うけど、実際に60.3改正後に京都−高槻は日中113系になってるんだけど、103系時代とさほど所要時間は変わってないのよね。
これだけタンカを切るなら3分や4分は速くなっててくれよなって。
実際には、高槻−山崎で1分くらい速くなってるようだけど、全体でも1分〜2分。
ただ、113系がそのまま駅間距離の短い高槻以南に入った場合、今度は103系の方が時間が短くなる区間も出てくる。
京都−西明石のトータルで見たら、わずかに113系の方が速い位か。

それに対して103系の110kwと113系の120kwが示すように若干の消費電力アップは免れないわけで、40秒速くなる代わりに電気代アップとなった場合、当時の国鉄は40秒ケチって電気代を安くしようとするだろう。(40秒ってのは適当に言ってます)
結局113系にしても、電気代が高くなるというデメリットがあるわけで、高速運転云々とは言う物の、実際にランカーブを書くとほとんど差が無かったという点は、もっと勉強の余地があるのではないかと思ってる。
定格速度が高くなると、所要時間が短くなると短絡的に考えてる方が多いのも問題かなと思うが、やっぱりこの辺は趣味誌がちゃんと説明してこなかったのが原因のような気がする。
ちなみに113系6M4Tの加速度は1.47km/h/s程度です。(限流値350A固定・100%乗車時)
せっかくですので103系4M3Tの加速度は2.3km/h/s程度です(応荷重使用100%乗車時)

運転士だからって運転理論に長けてる人ばかりじゃなく、運転出来ればそれで良いと言う人も多いので、運転士の意見を鵜呑みにするのもまた怖い。
実際にダイヤを引いていたのは運転局なわけだから、運転局の方による、車種の違いによるメリット・デメリット講座などあれば良いんだろうけど。
国鉄も無くなっちゃったし、これまで無かったのを今からというのも望めそうにも無いから、その辺は読者側が理論武装するしか無いように思う。

そうすれば、高速には特に有利とは言えない103系でも比較的使い物になった事がわかってくると思うし、まぁ私的にはそういうのをちゃんと理論付きで広めれればと思ってるけど、まぁ頑張ります。
実際には、限流値設定・MT比・乗車率・形式などがわかれば、よーいドンでスタートさせたランカーブは書く事が出来るので、それを用いての比較段階までは出来る。
後は、勾配のある路線とか、駅間が長くて再力行する必要がある路線とかでの、有利・不利判定をどう導くかなんだけどね。

なんか、途中からがらっと話が変わってしまったm(__)m

[103] 名前:永尾信幸 ◆OPjUH4NtiDY  日時:2009/03/23-00:41:30  ID:SAzpVTvE
今日も名古屋地区の211系・213系撮影のため、始発ののぞみで名古屋入り、近鉄のアーバンライナーDXシートで帰ってきました。

で、10時5分に名古屋を出る大府行きってのがあるのですが、これが大垣の211系なんですね。
で、大府から回送で豊橋に行くのか大垣方面に行くのかがわからなかったので、実際にこの列車に乗って大府まで行きました。
すると、折り返して名古屋方面に行ったので、午後の岐阜発に充当するんだから、まぁ当然やわなぁってなもんで、中央線の211系を狙うべく名古屋に戻ろうとしたのですが、途中の熱田でこの回送が荷物用ホームに止まってるのを発見。
ここは中線をあけて撮影できるので、思わぬ収穫です。

で、ここは上限線がほんのわずか空いてるので、もう1本の大垣211系を熱田で待っていたのですが、ちょうど横を名鉄が走ってる。
で、名鉄の配線はよく知らないんですが、このあたりは複々線になってるようで併走してやってきました。
で、走行中をバシャバシャ撮っていて、そうですねぇ100両や200両は写したでしょうか?
で、すごい気になったのが、形の違う電車が連結されて走ってる事です。
ステンレス車に赤い色の電車がくっついていたり。
同じ赤色でも、全面貫通のとか、非貫通のとか、非貫通でもゴリラみたいな顔(6403とか書いてある)のとか、なんかぐちゃぐちゃで幻滅です。

結局、技術を小出しで更新したりすると、こういう不具合も出たりするって事なんでしょうね。
もちろん、運転には全く差し支えないと思うのですが、見た目の問題というか。
国鉄の雑客なんてそうでしたが、青と茶色、どっちかに統一しろよといつも思ってましたが、今日のステンレスだの白だの青だのパノラマだのと別の赤いのがくっついてるのは見ていて「うーん・・・スマートじゃない」って感じました。

車両だけ見る分には別に良いんですけどね。
利用者は特に何も思わないのかなぁ・・・

そういえば、熱田駅って普通が15分に1本くらいしか来ないのですが横を名鉄が頻繁に走るのを見て、待っていたおばちゃんが「あっちはあんなに走ってるのに」って恨めしそうに行ってました(笑)

[104] 名前:永尾信幸  日時:2009/03/23-10:35:29  ID:1sG/98co
>>103
実は、103系でも体質改善工事車と一般のN40車などでは屋根の高さが違うのですが、これなんかも無茶苦茶気になります。
ガキの頃、福知山線の気動車で25-25-17-25-25というようなのがあって、真ん中のキハ17だけ小さく見えてしょぼいなって感じがしたのですが、運用の都合でどうしてもこうなるのでしょうけど、当時は仕方なくても現在でこんな事をされると「なんとかせーよ」と言いたくなります。
JR後に線区別で予備車を持つ余裕などができたからか、線区固有の形式、例えば651系とか283系とか、が出てますが、そういう余裕があれば編成美の統一を技術を更新しながらできるわけですが、そういう余裕が無い場合は、例えば併結運用があたりまえの事業者・路線で、増発用として新しい技術を用いた4両を作ったら、まず間違い無くその4両は過去の技術の車両と一緒に走るはめになります。
レールスターのように、その新しい技術で作られた車両でのみ固有運用をくめるだけの両数を確保できたら良いのですが、そうでなければ、昨日名鉄で見たような凸凹編成になってしまうわけです。

そのあたりも、新技術は良いんだけど、あまり小出しにしすぎると、こういう弊害も出るような気がしますね。
それに、予備車の問題がありますし、民鉄みたいにどちらかというと、例えば阪急で言うと2000系6連の予備として3000系6連があれば良い、即ち、形式はなんでも良いから6両編成が全部で19本あれば良いんだという考えなら良いのですが、国鉄は各形式ごとに予備車を確保していましたからねぇ。
こちらは体質なのかも知れませんが、国鉄の場合は車種がそう多くなかったし、別の形式だ代用できなかったのも理由でしょうけど・・・

ま、単年度で民鉄の主力本線で使用する両数くらい一気に製造する国鉄ならではの車両管理方法なんでしょうけど、技術の小出しはパターンが増えるという意味では標準化に反しますから、国鉄としてはとりにくかったのかもしれませんね。

[105] 名前:イカ  日時:2009/03/23-10:37:50  ID:0lHVfuHN
名古屋は異形式併結の宝庫ですよ(笑)

まずJRですが、中央線で313系を見かけたら211と併結していると見て差し支えないほどです。
では、これがまずいかと言えばそうではなく、ロングの211系を混雑する多治見方に
転クロの313系を比較的空いている名古屋方に編成を組むことによってうまく乗客をさばいています。
車両の外観を一見してシート配置がわかるので、これはこれでよいのでしょう。
同様のことは近鉄名古屋線の急行でも行なわれています。

>そういえば、熱田駅って普通が15分に1本くらいしか来ないのですが横を名鉄が頻繁に走るのを見て、
>待っていたおばちゃんが「あっちはあんなに走ってるのに」って恨めしそうに行ってました(笑)

熱田駅って没落した駅なんですよね(笑)
元々は急行停車駅だったんですが、隣に金山ができると地下鉄への乗換えが便利なこともあって
名古屋の南の玄関口は金山になりました。
一方、名鉄は本線と常滑線が分岐する神宮前が重要な位置を占めますので、すべての列車が停車しますが、
名古屋・金山・神宮前と近接する3駅が全列車停車なので、ダイヤ的には芳しくないように思います。

[106] 名前:通りすがり  日時:2009/03/24-23:27:32  ID:9qheCpwk
名鉄は外観が違っても意外と中身が同じだったりするので運転は問題ない事が多いです。
むしろ併結するために作られた1200系(複巻界磁チョッパ1C8M)と1800系(直巻界磁添加1C4M)が全然違う中身だったりする方が・・・これだけじゃない。5700系6連固定編成は固定編成内でこの組み合わせが存在するし。更に本線では見られない地下鉄直通の100系は抵抗制御の先頭ユニットとVVVFの中間ユニットが居たりします。

見た目の客感覚としては、特急車かパノラマカーかそうじゃないかくらいしかみんな意識してないかと(笑)

[107] 名前:イカ  日時:2009/03/25-01:15:47  ID:A3xUOk8V
>>106
ブレーキシステムが同じなら異形式並結は何でもないんですよね。
名鉄に限らず、名古屋では各社がやっています。
・JR東海 211・213・311(界磁添加励磁制御)+313系(VVVF)
・名古屋市交通局 3000系(電機子チョッパ)+3050(VVVF) 編成内混結もあり
・近鉄 VVVF+抵抗制御は当たり前
近鉄の圧巻は、なんと言っても電磁直通ブレーキと電気指令式の並結です。

[108] 名前:永尾信幸 ◆OPjUH4NtiDY  日時:2009/03/25-02:06:44  ID:hZsBThki
>>106-107
フッと思った事にいろいろありがとうございます。

で、私が感じたのは、動くかどうかというより、見た目の問題で・・・
私、103系が好きですが、あの混色はおもしろいし、追いかけたり撮ったりしたけど、心の中じゃ「みっともない」って思ってました。
だいたい、なぜ色あわせできないのか。。。
だから、115系なんかでも瀬戸内色と湘南色がつながって広島とかでも走ってますが、あーいうのはイヤですね。
何の為に色わけしてるねんって、いつも思ってます。

形の方はある程度は目をつぶっても、色が違うってのは論外です・・・
だから、ステンレスに赤い電車がつながってるのを見て、うーんって思ったんで。
まぁ、JR東海では多いですけどね。。。。全部ステンレス地に帯色の違いだからまだいいけど。
最近はラッピング車とか出たので、車両によって色が違っても違和感は少なくなりましたが。。。

そういえば、JR西日本に、環状線に黄緑の電車を乗り入れさせるなって文句言ったことあったなぁ(笑)
で、色わけできなかったら、全部同じ色、青だったら青で統一したらいい。そう321系とか223系とかのように、どこに行っても同じ色ってね。
あっちの方がよっぽど混在してるよりもスマートだと感じるんで。。。。

色とかは感性の問題だし、好き嫌いあるから、気にならない人は気にならないし、その辺は良いんだけど、まぁ私はちょっと気になっただけで。

[109] 名前:イカ  日時:2009/03/25-18:23:18  ID:CX3xOPYF
>>108
名鉄にステンレス車が入ってきたのはわりと最近のことで、それまでは基本的に赤一色でした。
特急車はクリーム地に赤のストライプという塗色が用意されていましたが、
原則として赤一色の車両とは併結しませんし、それほど気になるわけでもなかったんです。

現在は、ステンレス車の数が少ないから、混用が目立つのでしょう。
ほかの会社で言えば、余色変更の段階にあると考えてください。

[110] 名前:永尾信幸  日時:2009/03/25-19:51:08  ID:KMYOREeY
>>109
あ、そうだったんですか。
そういえば、昔の名鉄ってみんな赤色のイメージがあったのに、なんかこの前見たら
カラフルだなぁって思ったんですよ。

阪急とかでもマルーン一色から白い帯が入ったやつになったときは違和感感じましたが、まぁそういうのが徐々に入ってきて、今は白い帯付きも違和感無く見れるようになりました。

確かに置換え過渡期の場合は、仕方ないですね。

[111] 名前:ぬけ  日時:2009/06/06-02:01:17  ID:Xouttu38
こんばんは、皆様。
>86 イカさんへ
遅くなりました。三角形と台形(近似)で思った以上に差が出たみたいでした。
ご指摘ありがとうございます。
なんで、今頃のこのこ出てきたかというと、「リニア不要!粘着式で行こう!」
と考えていたんですが、日本という国土では、暴論かもしれないと考える事例に
気づいたからなんです。

粘着式だったら急制動でも500km/hからでは0停止まで10kmくらいは走るでしょう。
地震国日本ではそれは許されないだろうということに。
となると、地震発生時にリニアモーターが正常に動作するかはどうかとして、
「急停車が効くリニアしか選択肢がないのではないか?」と。
こういう発想は聞いたことがなかったので、上越新幹線が脱線した映像をみて
遅ればせながらきづいたんです。
それやこれやで、いろんな条件の加味や見方の変更で「必然なのか?」と考えを
巡らしています。

ただ、
国土交通省が鉄道・運輸機構とJR東海に供給輸送等に関する事項などの4項目の
調査を指示(2008.12.24)
第1に「輸送需要量に対応する供給輸送力等に関する事項」
早い話が駅を作れと・・。

蛇足
別件で営団7000系が廃車になり、同6000系が「遺言により40年以上使う気か?」
との発言をしましたが、6000系はその40年にて生涯を閉じるまでが「試作車と
しての使命」なのかという見方も・・・。<利用者本位では無いが・・。
6000系には量産車が無いという意見の補強ですな。
量産車7000系は、陳腐化したり余剰がでれば単純に廃車されるモノと。

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【7:82】 消費電力やら定格性能やらについて
[1] 名前:イカ  日時:2009/02/12-13:14:19  ID:E2HmSkX1
こんにちは。久しぶりに覗いてみました。

さて、定格の話でもしようかと思ったのですが、なにやら車両の消費電力でいろいろな意見が出ているみたいですね。
とりあえず、その話を先にしておこうかと思います。

●省エネ性
 私の考える車両の省エネ性です。
 ・103系 - 電気をよく食う車両。理由、重いから。
 ・201系 - 回生ブレーキが使えるので、103系よりはマシ。でも、やっぱり重いので、イマイチ。
 ・205系 - 省エネ車両。理由 - 軽いから。回生ブレーキの効率はやや低いが、車両が軽いのはよい。

●エネルギー消費を決める要素
 みなさん電流がどうとか、難しい話をしていますが、私は結構単純に考えます。
 エネルギー消費を決める要素は、以下の三つが主なものと考えます。
 ・質量
 ・速度
 ・回生性能

 まず、質量。これは言わずもがなです。
 ある質量Mをもつ車両が速度vまで加速するとき、必要な仕事量は
  E = 1/2・M・v^2
 です。また、車両が勾配を上るとき、高低差をhとすれば、必要な仕事量は、
  E = M・g・h (gは重力加速度)
 になります。エネルギー消費は単純に質量に比例します。
 その他の走行抵抗も、空気抵抗以外は質量に比例すると言っていいでしょう。
 重いことは必ずしも欠点ではありません。揺れが少ないなどのメリットもあります。
 ただし、ストップアンドゴーをくり返す通勤形車両では、重いことは不利な条件と言えます。
 
 次に速度、これも重要です。先に示した式のとおり、運動エネルギーは速度の二乗に比例します。
 実は加速度はあまり関係ありません。同じ速度に達するならば、加速度の低い車両は加速時間が
 余計に必要なだけで、結果として消費する電力はほぼ同じです。
 また、速度で重量なことは、速度が高いほどたくさんの電気を必要とするということです。
 たとえば、0km/h → 45km/hまでの必要なエネルギーと、45→90km/hまでに必要なエネルギーを
 単純に比べると、後者は前者の3倍になります。

 そして回生性能。回生ブレーキは運動エネルギーを電気エネルギーに戻してあげられるものです。
 条件のよい場合で、約30%の回生が可能だと言われてています。
 つまり、条件さえ整えば、30%程度の質量増はカバーできることになります。
 別の言い方をすれば、30%程度軽くするだけで、回生ブレーキと同じ効果が常時得られることになります。

 私が考えるのはこの3点だけです。ほかの要素はあまり関係ないと考えています。

●制御器の違いはどうか?
 よく抵抗制御車は電気を熱にして捨てるから、電気を無駄に消費すると言われますが、
 じつはたいした量ではありません。抵抗で電圧を制御するとき、直並列制御を組み合わせた場合で
 50%増しの電力を消費するだけです。
 50%というと大きいように聞こえますが、抵抗を使って電圧を制御するのは、比較的速度の低い領域です。
 103系なら40km/hぐらいまで。

 さきほど、速度が高いほどたくさんの電気を必要とすると書きましたが、これにも当てはまります。
 103系が0→80km/hまで加速するとき、抵抗制御によって無駄にしているエネルギーは、
 たかだか8分の1程度です。100km/hまでなら12.5分の1。
 速度が上がるほど、その比率は小さくなっていきます。

 また、界磁添加励磁制御は回生効率が低いと言われていますが、回生ブレーキも速度の2乗に比例します。
 80km/hから回生ブレーキで減速するとき、20km/h以下の速度域で回生できる電力量は、全体の16分の1に
 過ぎません。これも同様に大きな問題ではないわけですよね。

****

 以上が私の見解です。みなさんと一致しているでしょうか?

[73] 名前:イカ  日時:2009/02/21-10:48:58  ID:rTly1jq6
tとkgの単位を合わせるのを忘れていました

E = 1/2・M(1+x)・(v2^2-v1^2)

V km/h = 1000/3600 v m/s
Ha kWh = 1000×3600 Ha J
W t   = 1000W kg

Ha = 1/2・1000W(1+x)・(V2^2-V1^2)・(1000/3600)^2 / (1000×3600)
  = 1.07 ×10^(-5)× W(1+x)・(V2^2-V1^2)

たしかに合います。失礼しました。

****
>>71
>側面図もあるのですね。

実は側面図を並べる意味がもう一つあります。
車両の室内の平面図って、それだけだとわかりにくいんですよね。
ぱっと見たときにイメージが湧きにくい。
とくに、室内のレイアウトに重要な要素であるはずのドアや窓が非常にわかりづらいんです。

そこで、側面図を並べて配置すると、見慣れたイメージと車内を対比することができ、
わかりにくい平面図をフォローしてくれる効果が得られるというわけです。

同様の方法として、全体図と詳細図を分けるという手法もあります。
全体を描こうとすると縮尺が大きくなって、細かい部分がわかりにくくなります。
一方、詳細を描こうとすると全体が描けないので、どこの図なのか把握しづらくなります。
こういう場合は、両方を載せてやるとよくわかります。

アクセスマップで、一部を拡大したりする例(http://www.nri.co.jp/company/map/nri_honsha.html
とよく似ています。

[74] 名前:永尾信幸 ◆OPjUH4NtiDY  日時:2009/02/21-21:50:38  ID:MLnc9BPe
>>73
側面図は、平面図と合わせると具体的にわかる利点についての認識は同じなのですが、やはり手間がかかる部分ですね。
で、側面図については、多くの場合写真が掲載されてるので、それで代用できると考えたわけです。
代用というのは形式写真が少なく列車写真が多い現状では、実際には正確では無いのですが(中間車の形態が現状のウィキペディアの写真ではわかりにくい……先頭車と同形態であれば大きな問題にはならないけど)

そうそう、詳細図と全体図ってのが、私の書いた座席寸法図の考えです。
リンクしてくれた感じが良いですね。
また、座席寸法も車体全体に必要かと言うと、多くの形式では車端部から車体中央にかけてを見る事で対処できます。(イカさんが出してくれた名鉄5700系は両端非対称なので無理ですが)
で、ここでも大きく何が見たいのかをクローズアップして、ドア幅・座席詳細、クロス配置なら転換なのか固定なのか、前座席との間隔程度と詳細図だからとあれこれ詰め込まない方が良いのかとか、まぁ構想だけなので抽象的ですが。
同じ転換クロスでも、今回話に出た117系などは座席幅が1050mmありますし、って再度確認しますと、これ肘掛けを含んだ幅ですねぇ。。。。
名鉄車とかは肘掛けがありませんから、それをそのまま比較すると、私が言う「不公平な比較」になってしまいますね(笑)
117系の説明書を見てみましたが、座席幅だけ明確になる図面はまだはっきり見つけれてません。
うーん、困ったなぁ。。。肘掛けを含む・含まないで意味が変わるけど、簡易図面(本の付録とかで付いてくる図面)だとそこまで判別できないなぁ。。。
これだと、作れない・・・・・うーん。

[75] 名前:永尾信幸  日時:2009/02/24-16:35:34  ID:TeCnU6AP
少し前に、直列で引っ張ったら抵抗損失を減らせれるのでは?という話をイカさんがしていたかと思いますが、今日スキャンした資料の中にそういう事例がありましたので紹介します。
電気鉄道 1967年12月号
http://club103.kokuden.com/DT1967-12.png

名古屋鉄道の事例のようです。

[76] 名前:イカ  日時:2009/02/28-01:33:54  ID:HAuQt3DT
>>75
読んでみました。やっぱり名鉄ですか(笑)。らしいというか、何というか。
知人に名鉄の運転士がいるのですが、
「自分の担当する路線はラッシュ時4分間隔なのに、回生車が入らず、
 電圧降下ばっかり起こして困る」
とこぼしていたのを思い出しました。
車両だと酷評されることの多い国鉄ですが、ことインフラとなると話は別です。
そもそも体制が違う。
仕事で関わると、鉄道の花形は車両ではなく、工務だということがよくわかります。

●電圧降下の話
 同じ資料に電圧降下の話が出ていますね。
 電圧降下を起こすとなぜ電力消費が増えるのか、これを読むとよくわかります。
 さて、ある一定の速度に達するまでに必要なエネルギー、それにともなう電力消費は
 以下の式で表すことができます。

 エネルギー≒電力消費 = 電圧×電流×時間

 通常は電圧が一定で考えるわけですが、電圧が下がったらどうなるでしょうか。
 必要なエネルギーを一定と考えると、電流×時間が増加することになります。
 ここで登場するのが饋電損失です。
 饋電損失は電流に比例するんですね。
 つまり電圧降下を起こすと、抵抗損失が減る代わりに、饋電損失が増えるというわけです。
 饋電損失は永尾さんが>>68で書かれていた、1番(巻線損失)におおむね比例しますが、
 >>75の記事を読む限り、その影響は巻線損失より大きい感じがしますね。

●直列と並列
 オームの法則を転がすと簡単にわかるのですが、抵抗値と消費電力は以下の関係にあります。

 ・直列の場合
   抵抗が大きい機器ほど、作用する電圧が上がる。電流は一定 → 消費電力が増える。
 ・並列の場合
   抵抗が大きい機器ほど、流れる電流が減る。電圧は一定 → 消費電力は減る。

 ここでいう直列・並列とは、モーターのつなぎ方ばかりでなく、饋電設備や抵抗器、他の列車が
 直列か並列かで変わってきます。

●抵抗制御車はなぜ空転しやすい?
 抵抗制御車は粘着係数が低いとよく言われます。よく聞くのは、
 「抵抗値を変化させるときに、トルクの急激な変化を伴うので、
  そのショックで空転する」
 というものですが、もう一つ大きな理由があります。
 それは直並列制御です。
 抵抗制御では抵抗損失を抑えるために、直並列制御を併用しますが、
 これが空転を起こしやすい原因になっているようです。

 粘着係数を決める一因として、再粘着特性があります。
 これは「回転数が上がると、トルクを失う特性」と言い換えることができます。
 もともと直巻モーターにはこの特性は備わっているのですが、
 抵抗制御や直並列制御を使うと、この特性が失われることがあります。

 モーターを並列に並べているとき、一つのモーターが空転したとします。
 直巻モーターは回転数が上がると、抵抗値が増えて電流が流れにくくなるので、
 空転したモーターは急激にトルクを失い、再粘着します。

 ところが、直列に並んでいると話は変わってきます。
 まず、制御器は電流を一定に保つ働きがあります。
 空転したモーターに関係なく、直列に並んだすべてのモーターで電流をコントロールします。
 空転したモーターは抵抗値が上がりますが、直列に並んでいるため、
 作用電圧が上がって、電流が多く流れるように作用するんですね。
 こうなると、空転したモーターはトルクをあまり失うことなく、
 大空転に発展してしまうわけです。

[77] 名前:イカ  日時:2009/03/08-23:01:03  ID:4LCZFgLl
>>23に関して、書籍を持ってきましたので、該当部を引用します。

-----<ここから>
 昭和47年3月、山陽新幹線オカマ開業時のダイヤ改正では、快速電車は昼間時
ほぼ1本運転で米原まで延長され、停車駅パターンも2系統容易されるなど充実
してきた。しかし、乗客のはかばかしい増加が見られず、全体としての運転本
数は、このまま50年代に入っても大きい差はなく低迷状態であった。
 しかし50年代も半ばになると、このような状況に少しずつ変化が現れる。
都市外縁部の発展によって、通勤利用を中心に少しずつ乗客が伸び始めたこと、
並行私鉄の混雑や道路の渋滞も目立つようになり、次第に鉄道、解くに国鉄に
対する期待が高まりはじめた。国鉄名古屋鉄道管理局でもこのような事態を受
けて、昭和56年「PLAN'80 国鉄名古屋」を発表し、1980年代(昭和60年代半ば
まで)の名古屋都市圏での改善目標を明らかにした。名古屋を中心に等時隔、
高頻度の電車運転によるネットダイヤを形成、車両も従来ともすれば、東京付近や
急行で使い古された車両が充当されていたことを反省して新造車を投入し、
本格的なサービス改善に取り組もうとするものであった。
 当時国鉄は経営難に直面しており、要因事情も厳しく計画通りには進まな
かったが、昭和57年から快速列車用に大阪付近で導入されて好評を得ていた
117系新造車を入線させた。
 その後ダイヤ改正のつぢ、少しずつではあるが増発が行われるようになった。
たまたま貨物列車、優等列車の減量で普通列車の増発余力が生じたこと、従来の
6〜8両といった長編制の車両を運転台架設工事を行って短編成に分割すること
によって、経費増を抑えながら編成数の増加が可能となったことも増発に結びついた。
 同61年11月、JR移行前の最後のダイヤ改正が行われた。この段階で、ラッシュ
時の輸送力増強を実現し、昼間時もやや時隔は乱れていたものの、おおむね
快速2本、各停3〜4本ダイヤが実現し、「PLAN'80」の目標が達成され、名古屋
都市圏のダイヤも都市型電車ダイヤとして脱皮を見ることになったのである。

(JR東海ぶらり沿線の旅 特別寄稿 須田寛)
----<ここまで>

[78] 名前:永尾信幸  日時:2009/03/11-13:57:22  ID:YRR.8UEf
>>77
ありがとうございます。
国鉄時代は結構至るところで1時間に1本とか2本という運転間隔でしたものね。
でも、私鉄並みに増発ってのは、ここでも書かれてますが貨物がある以上、なかなか難しかったのも事実なんですよね。
特に50年代ってフレートライナーに集約しはじめた頃で、小さな駅での集荷貨物がだいぶ減ってたような気がしますので、それだけ増発余力が出たと言う事でしょうか。
また、フレートライナーは速かったですが、そこら辺を走る貨物って、最高速度が70km程度だったし、電車と共存するにはかなり難しいんですよね。

名古屋圏でも実際に増発と言えるものがされたのは1986年11月で、それまでは117系を入れたとしても1時間に2本〜4本しか走ってなかったので、まだまだ須田さんの言われる「国電」にはほど遠かったですね。
ようやくJR前に達成できて本人もホッとしてたんじゃないでしょうか?

113系2000番台も名古屋に入ってますから、案外須田さんの陳情が通っていたのかも知れませんね。

そういえば、グーグルで加速度計算器ってのを調べてたら、2ちゃんねるの加速度スレッドがひっかかったんだけど、なぜみんな計算しようとしないのだろう?
あんなに簡単なのに。

たぶん、裏返せば「計算の仕方を知らない」「知っていても基礎データがない」「計算出来る人はそんなスレッド参加しない」なのかと思いますが、加速度2.0km/h/sだったよなぁとか言う書き込みとかを見るたびに、それで何がはかれると言うのだ!と思ってしまうと言うか。

もともと関心が無かったのでどーでもよかったんだけど、やってみれば案外簡単。
絶対にそうやって計算したものを比較する方が良いと思うんだけどなぁ。

まぁ、ストップウォッチで計るとか言うのもいたくらいだから、そういう楽しみもあるんだろうけど。
そういう私もビデオ撮ったりして、実際に何分で名キロとかやりますから、そういう意味じゃ一緒っちゃ一緒ですけどね(笑)
113系のMT比1:1での加速度が1.6km/h/sってのもねぇ。。。1:1だと厳しいよ。。限流値とかにもよるけど1.2km/h/sってところじゃないのかなぁ。
だから、東海道線も横須賀線も15両の8M7Tって、そう速くないのよねぇ。
トップスピードをどれだけ維持できるかの話なんだけど、たぶんこうなってくると、あそこの住民さんはうーん1.6より少しM車が多いから1.7km/h/sくらいか?というような判断の仕方しか出来ないんじゃないだろうか。
なんか、それももったいないなぁって思う。あれだけの人が参加してるんだし・・・

まぁ、良いんですけど、ちょっと思ったもので。

[79] 名前:イカ  日時:2009/03/11-19:41:42  ID:oTmmTP/V
>>78
●名古屋局と117系
 繰り返しになりますけど、昭和56年に名古屋圏の改善計画がスタートし、
 車両やダイヤの改善が国鉄末期にかけて行なわれました。
 57年の117系投入はその一環として行なわれたもので、たしかに投入時は
 ダイヤも寂しいものでしたが、改善の途上であったわけです。
 ダイヤの改善は61年まで段階的に進みます(JR化後も継続)

●加速度スレッド
 見てみましたけど、たいした話は見あたらなかったです^^;
 ところで、image BBSに手作り加速度計をアップしてみました(笑)
 興味のある人は作ってみてください。

[80] 名前:永尾信幸  日時:2009/03/12-09:45:53  ID:a0CSoGCO
>>79
画像掲示板に加速度計測器、ありがとうございました。
前々から書いてますが、ちゃんと理解してる人って、こういう応用ができるんですよねぇ。
いいなぁ(笑)

名古屋と117系についてはその旨理解しています。
先に資料として紹介したジャーナルの名鉄との記事中にも同様な事が記載されていますし、特に三大都市と言われる名古屋において、中央西線は別としても関西線・東海道線ともにローカル扱いだったのは、現地を預かる長としては、やはりいきどおりを感じていたのではないかと思います。

輸送力は輸送量と相関関係が無ければ企画自体通りませんから、一気に増やす事は不可能なんですね。
少なくとも1980年代初頭は小輸送力頻発運転などというキーワードは国鉄には無かったわけですから致し方ない事です。

1985年3月改正時の名古屋駅上りの基本時刻は
10分頃 普通 大府行
25分頃 普通 岡崎行
40分頃 快速 豊橋(浜松)行
55分頃 普通 豊橋行

1986年11月改正時の名古屋駅上りの14時台時刻は
14:00 普通 大府行
14:14 快速 浜松行
14:17 普通 豊橋行
14:28 普通 岡崎行
14:39 快速 浜松行
14:51 普通 豊橋行
14:55 普通 武豊行→日中の乗り入れはこの1本のみ

1988年3月改正時の名古屋駅上りの基準時刻は
10分 快速 豊橋
13分 普通 豊橋
27分 普通 岡崎
40分 快速 浜松
48分 普通 浜松
56分 普通 岡崎

1988年でも発車時刻はちゃんと揃ってないですが、1986年11月で毎時、快速2本、普通4本体制(普通で豊橋までは2本)が整ったと言えます。
この後の改正(たぶん1989年かな)で、新快速の増発があったはずで、1990年3月改正では「それまで車両数の関係で蒲郡や岡崎で折り返していた新快速が全て豊橋まで延長されます」とある。
その1990年3月改正では
05分 普通 岡崎
13分 快速 豊橋(岡崎から普通)
18分 普通 豊橋
28分 新快速 豊橋
36分 普通 浜松
43分 快速 浜松
50分 普通 岡崎
58分 新快速 豊橋

新快速・快速・普通で2:2:4のダイヤができました。
また、岡崎から先も快速1本が岡崎以東普通になるので増発されています。
毎時8本走れば、ずいぶんと乗車チャンスが増えます。
このあたりで、ようやく東京・大阪の国電区間に肩を並べたと言えるかと思います。

須田さんの計画は、ビジョンを示しただけで、単年度計画にどうこうというわけじゃないのでしょうけど、こうやって徐々にその思いに近づいていったってのは、今振り返っても嬉しいものですね。

[81] 名前:なにわ  日時:2009/03/14-18:47:23  ID:tr6Z00S/
名古屋地区の快速は1971年4月に誕生しています。
翌年3月には東海の格下げや区間短縮による捻出車で毎時1本運転になったのですが、どうも利用は芳しくなく、停車駅が増えたりしています。まあ、各駅停車毎時1本しかないのですから。
75年3月には関西からとても短い停車時間の乗降には適さない、155系がやってきています。
この後、80年春には関西から117系投入の捻出車である、153系や165系がやってきて、冷房車は増えています。

117系投入までなら、こういう感じでしょうか。

また70年代には静岡地区にも快速運転が行われていました。沿線にそこそこのレベルの町が多いので、快速運転に適さないのか、自家用車利用のシェアが高いのか、復活はなく、10分間隔の短編成運転にとどまっていますね。

[82] 名前:イカ  日時:2009/03/18-18:45:46  ID:Q5viY.Hw
>>81
名古屋付近の東海道線は駅が少なく駅間距離も長かったので、もともと快速は要らなかったんじゃないですかねぇ。
当時の豊橋〜名古屋間を見ても、以下の駅はありませんでした。
 三河塩津・西岡崎・三河安城・野田新町・逢妻・南大高・金山・尾頭橋
名古屋の隣の駅は熱田で5km以上離れていましたし、岐阜〜名古屋間(30km)に至っては現在でもたった5駅しかありません。

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【8:11】 鉄道ファン2009年2月号
[1] 名前:前納浩一  日時:2008/12/20-15:56:30  ID:9yWOLCPY
横浜線やクモハ103の記事がありますが、編集部が書いたと思われる写真説明文などに誤りが見受けられますので、叩いて…じゃなかった、取り上げてみます。

クモハ103-139:運行番号表示窓は、一度閉鎖のうえ、土崎工場での車両更新工事の際に復活。
クモハ103-142:前照灯が変形タイプになっているのは、車両更新工事より前です。ATS-P取付工事時ではないかと見られています。
クモハ103-1:常磐線への転属は、成田線電化開業時です。常磐線10連化は、MM'×15の新車増備です。玉突きではありません。

他にも気がついたら追加します。

[2] 名前:なにわ  日時:2008/12/21-11:03:32  ID:CAdwtmMM
1と2は同時に転属ですね。
山手線冷房車投入→捻出車京浜東北線転出→成田線電化用車転出
という流れですね。

ところで、このスレ、2008年1月号スレに統合しませんか?

この号自体は、無駄な公共工事の誇示といったような内容でしたね(笑)。

[3] 名前:林 俊宏  日時:2008/12/22-00:09:12  ID:02Hat2fn
こんばんは。

横浜線103系
P96 新性能時代 昭和49年度上期に浦和から転属してきたクモハ103ですが、ATCの機器が当面搭載が難しいように書かれていますが、低運車のATC改造が難しい観点から、高運のクハを新製したというように解釈しております。

未冷房の103系
横浜線への第1次新性能化は、昭和49年度ですので、103系の冷房改造がまだ施工されていなかった時ですね。

各線からの103系
昭和49年度は、浦和から60両と池袋から18両の合計78両ですので、各線という表現と京浜東北線からスカイブルーが混じりとありますが、青22号のほうが圧倒的に多かったですし、池袋からのウグイス車の転入で、同線のラインカラーが決定したと思われます。また、横浜線の低運時代は、全車がウグイスに統一されたような書き方ですが、ウグイスの7連はほんの1部だったと記憶しております。

[4] 名前:永尾信幸 ◆OPjUH4NtiDY  日時:2008/12/22-10:17:12  ID:Um8hDjgS
>>2
統合の件ですが、タイトルに号数を明記してるので、とりあえず前回は前回、今回は今回で行こうかなと思います。
RJの方が結構、掘り下げて話題が伸びたのですが、まぁ一応区切り的にということでお願いします。

まだファンは見ていませんが、歴史はなかなか検証する方がおらず、どうしても過去の文献に記載されている事をそのまま流用したりする場合が多いです。(例:常磐線の103系化時期がS45.7末説が多いが103系の所要数は運用数よりはるかに少ないですから物理的に無理なんですが、そういう検証が無いからそのまま誤って語り継がれる)
特定の形式に特化した方が少ないからじゃないかと思うのですが、運転史関係に興味がある方が少ない事も理由かなと思っています。
林さんが横浜線の件を少し書いてくれていますが、池袋からウグイス色で来たサハだったかがいったん青色に塗り替えてるんですよね。
そんな事で、当初は横浜線はスカイブルーでというのはほぼ確定じゃないかと思うのですが、それが何時からウグイスにしようとしたのかの判断は難しいところかなと思ってます。

[5] 名前:林 俊宏  日時:2008/12/23-01:37:01  ID:.TeRUE0s
>>4
ATCの件も含めまして、誤記しました点をお詫び致します。また、永尾さんが書かれているように、池袋から蒲田への18両中、サハ103−51・52とクハ103では125が青22号になって転入しておりますね。(芝生さんの記録されていた記録が参考になりました)

そして、中々横浜線のラインカラーが決定しなかったようですね。(東京の国電より)
また、ウグイスに決定した明確な時期は中々分からない部分がありますね。

余談になってしまいますが、京浜東北山手・常磐線などはそれぞれラインカラーがありましたが、青梅・五日市線や南武線・横浜線などの昭和50年代前半の頃は、主要線区との格差といいますか、京浜東北線から捻出車を青22号のままの色で使用していたケースも多く、基本5色以外には、国鉄としても新たなラインカラーといいますか、準ローカル線用には、新たな塗装といった発想もなかったのではと思われますね。憶測になってしまいますが。

[6] 名前:林 俊宏  日時:2009/01/05-23:54:34  ID:7lBelpew
掲示板にもクモハ103で書き込みをしましたが、再度読み返しましたら、?という点が幾つか見当たりましたので、スレをたてられた前納さんにはご無礼致しますが、書き込みさせていただきます。悪しからずご了承下さいませ。

1 京浜東北線
P111でクモハ編成が全て3+7の分割と記載されておりますが、昭和45年度に10両中間車のみでの増備があったので、全編成が分割だったとは言えないと思われます。
(実見したことがないのですが、中間車のみの新製であれば、常磐線同様の編成もあったのではと推測されます)

2 京浜東北線からのクモハの転出
昭和51年末ころと記載されておりますが、昭和49年度上期に60両増備された時に浦和から横浜線への転出が大量転出の始まりでしょうね。

3 武蔵野線
ここの記載が大きな誤解をされているようで、武蔵野線のクモハは、昭和59年度下期に松戸からの借入(後に豊田に転出)車から開始され、京浜東北線からも、昭和60年度にクモハ103−104・105・123・128が61−11では、同126が転入しており、そのほかは、常磐快速からのクモハが主流でしたね。

4 横浜線
昭和50年代はじめと記載されておりますが、昭和49年度上期から同線第1次新性能化が開始されていますね。これは重複事項ですみません。

5 阪和線
輸送力調整という表現ではなく、61−11ダイヤ改正で、運用効率が悪かった8連貫通快速運用専用編成の運用を見直しで、昼間は同改正から4連運用が多くなった点と、ラッシュ時には、その4連に増結という形で4連+4連にした関係で、京浜東北線の中間に入っていたクモハ編成とのトレードという形の表現でないと、読んでいる方はよく分からないのではと思われます。

また、紀勢本線乗り入れで再度クモハが必要になったのではないですね。両端クハ編成もありましたし。

[7] 名前:なにわ  日時:2009/01/20-12:53:52  ID:okgmf3sE
何回か読み直してみて気づいたのですが、61−11以前の阪和線は羽衣線運用以外全て6両だったはずです。
83年10月に誕生した8両編成は、朝夕の快速運用限定で、昼間は鳳や和歌山で昼寝をしていました。効率が悪かったのは事実で、しかも全車冷房車であったので、浦和と交換して4両2本に組み替えたわけです。

また、初期製造車の冷房改造が車齢20年を超えることから、行われていなかったこともあるのではないでしょうか。

本当は83年の段階で、蒲田の運用を浦和に移動させ、封じ込め先頭車や松戸のクハ103を日根野に送り、本線緩行の201系捻出車を関東に送っておればよかったのですが。その分サハ103の運転台取り付けも増えるのは内緒です。

まあ、この十数年後、8両編成が復活するのですけれどね。

[8] 名前:なにわ  日時:2009/01/23-13:33:59  ID:WM5mz2mI
追記です。
浦和への60両投入→横浜線一部新性能化の際に、クハだけ4両バラがあるのは、当時踏切事故が多く先頭車だけ多めに投入されていたからではないでしょうか。
また、このときサハを全てクハにして製造しておけば、横浜線は基本4両、付属3両にまとめられ、運転台と貫通路が向き合うことはなかったのですが。

[9] 名前:林 俊宏  日時:2009/01/23-19:26:46  ID:4/YTOFcE
>>7
83年のメインは、関西・片町線の101系置き換えで本線緩行に201系を投入していましたし、なおかつ、両線とも6連で、本線は7連で中間のサハが余剰となって、余剰車を活用して阪和線も8連化として、同年10月からのラッシュ帯の快速編成(環状線と同じ貫通8連)にした計画だったと思われ、首都圏との車両交換までは、国鉄としても考えがなかったのではと思われます。(あくまでも私の個人的推測に過ぎません)

そして、8連の中間オール電動車の8連と昨年のダイヤ改正までは、103系8連運用の快速が復活しておりましたね。

>>8
昭和48・49年度の横浜線第1次新性能化に際しては、京浜東北線優先で、昭和52年度末に浦和がオール10連貫通編成になったことからも、中間車のサハ103よりも向かい合わせの編成も組成できる点からも、クハ103のほうが使い道があったように思われます。

そして、新性能化が遅れていた横浜線へは、変則7連の編成構成からしても、とりあえず新性能車を投入すればというような考えが強く受け取れます。帳尻あわせといったところでしょうか。また、横浜線用の基本4+付属3連という考えはなかったようにも思われます。

また、当時の国鉄は、浦和からクモハを転出させたかった点と転出していった車号を見ますと、昭和47年度末に根岸線大船開業用として山手線から捻出の両端クハ編成を転出したかったのではと思われ、順次浦和を10連貫通化の考えていたのではと思われます。(憶測で書いております点悪しからずご了承下さい)

[10] 名前:林 俊宏  日時:2009/01/23-19:27:25  ID:4/YTOFcE
>>7
83年のメインは、関西・片町線の101系置き換えで本線緩行に201系を投入していましたし、なおかつ、両線とも6連で、本線は7連で中間のサハが余剰となって、余剰車を活用して阪和線も8連化として、同年10月からのラッシュ帯の快速編成(環状線と同じ貫通8連)にした計画だったと思われ、首都圏との車両交換までは、国鉄としても考えがなかったのではと思われます。(あくまでも私の個人的推測に過ぎません)

そして、8連の中間オール電動車の8連と昨年のダイヤ改正までは、103系8連運用の快速が復活しておりましたね。

>>8
昭和48・49年度の横浜線第1次新性能化に際しては、京浜東北線優先で、昭和52年度末に浦和がオール10連貫通編成になったことからも、中間車のサハ103よりも向かい合わせの編成も組成できる点からも、クハ103のほうが使い道があったように思われます。

そして、新性能化が遅れていた横浜線へは、変則7連の編成構成からしても、とりあえず新性能車を投入すればというような考えが強く受け取れます。帳尻あわせといったところでしょうか。また、横浜線用の基本4+付属3連という考えはなかったようにも思われます。

また、当時の国鉄は、浦和からクモハを転出させたかった点と転出していった車号を見ますと、昭和47年度末に根岸線大船開業用として山手線から捻出の両端クハ編成を転出したかったのではと思われ、順次浦和を10連貫通化の考えていたのではと思われます。(憶測で書いております点悪しからずご了承下さい)

[11] 名前:林 俊宏  日時:2009/01/23-19:29:47  ID:4/YTOFcE
投稿ミスで9と10が同じものになってしまいました、お見苦しい点お詫びいたします。

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【9:50】 鉄道ジャーナル2008年9月号阪和線
[1] 名前:林 俊宏  日時:2008/07/23-00:42:55  ID:DfViBjkr
阪和線マニアの私は、表題の趣味誌を購入しようかためらいましたが、結局購入してしまいました。そして、記事に異議ありで書き込みさせていただきます。

1、国鉄阪和線となってから「冷遇」された。

1944年(昭和19年)5月1日に国鉄阪和線となりましたが、冷遇ということを書くのは、もう何十年も前の話は止めてもらいたいですね。

そして、P51の文面ですと、冷遇され続けているように受け取れますが、1955(昭和30年)11月に、阪和急行色70系が投入され、1956年度には、全金車の300番台も新製投入されていた点、そして、昭和43年度には、関西地区初登場の新製103系24両が、天鉄局に大鉄局よりも1年前に新製投入されているのですから、私鉄買収線区で、このような史実があるのですから、これは画期的なことでしょう。
阪和線を語る上で、最大のポイントである点をご存じないのでしょうね。

この点が欠落しているので、読んでいるほうが「愕然」としますね。折角特集しているのであれば、こき下ろすのではなく、よい点も書くのが筋というものではないでしょうか。甚だ書かれた方の常識を疑いたくなります。

そして、昭和45年の大阪万博時には、朱色や青(この色の旧国は阪和線に在籍したでしょうか。)この当時は、青は「新性能」の103系、スカ色は70系、朱色は旧国でしたね。

2、P58 クハ103−1 同車の阪和線への移動は、森ノ宮に201系が本線から転入での移動ではありませんね。環状線が201系で統一されたと思っているのでしょうか。

3、P59 クハ103−1・2という車齢44年に及ぶ「動態保存車」は、もっと表現の仕方があるとは思いませんか。因みに、阪和線の車両も先頭車こそ、首都圏ATCの影響で、昭和39年度車(クハ103−21・22・31・33・34・36・41が在籍しておりますが、6連のクハ103の中には、昭和47・48年度車や昭和55年度車のクハ103−825〜・同837〜や、また、中間車には、昭和50・51・53・55年度車も多く在籍しておりますし、一度「日根野の103系」の「編成表」をご覧になることをお勧めいたします。

現在103系運用線区での40年の歴史があるのは阪和線で、初期車から中期さらには後期車までとN40・30N・体質改善車などバラエティに富んでいる阪和線ではないでしょうか。

[41] 名前:前納浩一  日時:2008/11/24-23:17:46  ID:.J/DKPEl
61-11改正は複雑でしたね。結局、ピクにも間違いを書いてしまいましたし…。

阪和線は相当数の車輌の出入りがあったのですが、全体の輌数は不変。
8連7本と6連2本が4連17本に変わっただけでした。
8連を4連2本に分割するため、京浜東北線からクモハ103を転入させる一方、関西線の3連組成用にクモハ103を奈良区に転属させるなど、かなり複雑でした。

イメージ的には、明石から両端クハの6連が転入、McM'Tc'またはMcM'を関西線に回し、Tは片町線7連化用などに転出、残ったMM'またはMM'Tc'にクハの2050番台を加えるなどして、新たに6連を組成、という感じです。
(あくまで模式的なイメージとしての表現です。)

[42] 名前:なにわ  日時:2008/11/25-13:37:39  ID:V5MIC/p9
ぼけてましたね。明石に205系を投入して103系を捻出して、いろいろ経由して奈良へ、捻出した113系を福知山へという流れでしたね。

山手に205系を入れるのなら3本を投入、電動車8ユニットとサハ4両は日根野へ、捻出したクハ103ATC車6両を習志野へ、低運転台or800台を捻出して日根野へ(800台はできれば森之宮へ0台奇数車2両を方向転換して500台を奈良へ)、クハが8両不足するので、2000台、2050台を各4両ずつ冷房改造併施で改造なんていうのはどうでしょうか。これでもTMM’Tと残るのですが。

そうそう、東神奈川(本当は鎌倉)の205系の網棚に置かれている装置は何物ですか?

[43] 名前:永尾信幸 ◆OPjUH4NtiDY  日時:2008/11/25-14:39:46  ID:qEpLSXZN
今更ながら、モーターの詳細図を見てみた。

モーターの電線って、全部つながってるやん。

何?これ、状態です(笑)

なんで、これで回るのって感じですが、これがあのフレミングのどうのこうのの公式が当てはまるんでしょうなぁ。
界磁コイルとか良く聞くけど、なんてことない、モーターの外枠じゃん。
おらぁてっきり、抵抗器のようにモーターの外にあるもんだと思ってた。

でも、こんなんが回ることを考えた人ってえらいなぁ。

[44] 名前:稲岡@ペン  日時:2008/11/26-00:55:56  ID:s4kU6P/D
おはようございます.

>37
ご教示有難うございます.レスを拝読して,川添氏の発言の真意が(程々に)読めたような気がいたします.

制御方式はさて置き,回生/発電の「ブレンディングブレーキというコンセプトそのもの」は,元を辿れば大昔のウェスチングハウス社特許(バートの制御システム)にまで行き着く訳でして目新しいものではありません(特許だ米国だと,無関係なものばかり引っ張り出してきて申し訳ございません).
ただ,E127系に関しては直近の比較対象が701系基本番台(発電制動つきVVVF)と言うことで,そういうコメントが付くことは考えられますね.

>Rを殆んど持っている
凄すぎます(藁)自分は,未だにあの雑誌の位置づけすら理解できていないのですが.誰が読者だったのか・・・・.

> 民営としてスタートする基盤を少しでも整えてあげたいと言うのは、やっぱり当然じゃないかと
自分もそう思います.民営化前に,その後各地区の標準になりそうなものをちょっとだけでも配置しておく,みたいなものを感じていました.
京阪神の205系はそれでも4本28両ですのでアレですが,中京地区の211系などはわずかに2本8両なのです.
民営化後に211系5千番台として大量に投入され,独自系列の開発までの間,重要な役割を果たしたように見えます.アマチュア評論家のような口利いてすみません.

>38
き電区間・・・懐かしい言葉です(藁 ご教示有難うございます.
電力回生は,回収装置がない限りはおそらく同一き電区間に限られるのでしょうね.

回生電力と負荷の距離関係,大変興味深く拝読しました.
ここで後出しジャンケンですが,昔電気科の先輩が,
「いくらチョッパで回生したって,結局は架線の抵抗によって発熱して電力ロスになることだってあるんだぞ」
と教えてくれたのです.
永尾さんが持ってきてくださった
> 回生した電流はどこまで届くかという式
ていうのは,そういうことをすべて勘案したら出てくるものなのだろうと想像します.

> 架線電圧があがりすぎるんですか?
> それとも単に回生はしてるけど、ブレーキがかからないんでしょうか

自分は電気関係は素人ですので,そこそこ割り引いて聞いていただきたいのですが(スルーしていただいてもおK),永尾さんがお書きになった上の2つの文章は,どちらもその通りだと思います.
どっちが先かというところは,卵が先かヒヨコが先かみたいなもので(↓以下↓)

回生制動をかけた時,近くに負荷(力行中の他車等)がない場合,行き場をなくした回生電力によってまずは架線電圧が上がるでしょう.
その結果を例えば201系(寒笑)についている架線電圧リミッターが検出し,回生を失効させるのです.
架線電圧が過上昇すると色々ヤバイ(すみませんアバウトな表現で)でしょうし,そこで生じた電位差によって架線を電流が通ります.
そこで架線が抵抗器の役割を果たして発熱するのですね(と,大昔に先輩から聞いたことを受け売りしながら理解したような気になっています).

大変奥深いレスを戴いたので,お返事が遅れちゃってすみません.
それと,ご縁があって昔の写真を引っ張り出していた最中でして(謎)

[45] 名前:rs1421  日時:2008/12/04-20:48:52  ID:CDB3s9Oe
回生ブレーキで他に力行している電車がいないときですが、この場合最初からまったくブレーキ
力は得られません。回生ブレーキは、モーターを発電機として使用し、運動エネルギーを電気エネルギー=電力に変換しますが、その電力を消費するものがなければ、元の運動エネルギーもゼロになって、まったくブレーキ力が得られません。

まあ、架線の抵抗分、つまり架線の温度上昇分程度のわずかなブレーキ力は生じるかもしれま
せんが。

あと、架線電圧というか回生車のパンタグラフの電圧は、回生ブレーキが成立するためには、
本来の架線電圧より高くしなければならないのは当然ですが、これは勝手にそうなるのでは
なく、ブレーキ力に比例する電機子の電流を見ながら、界磁電流を制御しているのだと思い
ます。発電ブレーキの場合は、自車内で決まった値の抵抗に食わせるだけなので、難しいこ
とはないのですが、回生ブレーキの場合は、場所や状況によって変動する架線電圧に対して、
必要なブレーキ力を得るためには、何らかの自動制御機構が必要と思います。

その制御機構の動作として、回生制動を掛ける→制動力or電機子電流不足→界磁電流増→
パンタグラフ電圧上昇→架線電圧リミッター動作
というのはありえるかとも思いますが、これは回生電力によるものではなく、回生ブレーキ
のコントロールロジックの動作です。

個人的な趣味を言えば、東急の7000系(もちろんP-III履いた方)で大学に通った世代なの
で、界磁チョッパ以前の古典的な回生ブレーキ車が世間でスルーされている(単に大昔のこ
とになっただけ?)なのが気に入らなかったりします(笑)

[46] 名前:稲岡@ペン  日時:2008/12/06-14:18:01  ID:nIZ9uObA
こんばんは.

>45
はじめまして.ご教示有難うございます.自分が書いたものを後から読み返して見ると,やはり肝心なところが適切に書けていないのですね(物事の流れの順番とか).
そこいら辺を明快に教えていただけたと思っております.有難うございます.

>7000系で通ってた
自分も7000系には学生時代にお世話になりました.自分が通学に使ってたのは,専ら8両編成のやつでしたが(爆
1本だけ出たばかりだった9000系は,研究室から眺めて運用をチェックし,帰りに狙って乗ってました(ヤレヤレ

[47] 名前:永尾信幸 ◆OPjUH4NtiDY  日時:2008/12/08-11:39:48  ID:b82rbh0P
>>44

定格速度 電気ブレーキ でググったら、この特許が出てきました。
http://jstore.jst.go.jp/cgi-bin/patent/advanced/pat/detail_pat.cgi?patid=15856&detail_id=18542

出願日が2001年で、E127系が出たのが1995年だから、何を今更って話だけど、微妙に回路が違ったりするんでしょうね。
ということは、特許って、同じような事でもいくつもあるって事なんでしょうか?

ケースバイケースで、E127系はこれとは全然違うシステムだったのかも知れませんが。
201系の事例があるような事が書かれてますが、私からしたら、A=B=CだとA=Cで簡単に考えるのですが、技術的な深い話になると、結果が同じでも例えばつなぎかたが違うだけで別物だというような世界なのかなぁ。

[48] 名前:rs1421  日時:2008/12/08-12:39:21  ID:1Wd9bSuP
特許の文面は非常に分かり難いのですが、この特許の要点は、誘導電動機と直列に抵抗を挿入
することが可能になっているインバータ制御車で(つまり、この方式自体は既にある方式)で、
抵抗を挿入するために使用する接触器(大型のスイッチ)切換え時の応答と、インバータの制
御パラメータの変更のタイミングをうまく同期させるために、接触器の切換えを電流センサー
で検出するというものです。つまり、全体の抵抗を挿入するという部分は既存技術で、センサ
ーを使って切換時のトルク変動など改良する部分が「発明」というわけです。

制御方式の改良というより、一部の改良という話です。ちなみに、これはE127系のような
発電制動併用システムに関するものではないと思います。

もっとも、特許文書は既存技術の説明が入っているので、その部分ではいろいろ情報が得られ
ます。201系の説明も既存技術の背景説明として書かれているのですが、なかなか興味深い内
容です。

[49] 名前:名無し@権兵衛さん  日時:2008/12/12-00:05:06  ID:ZwlLYrRr
タビテツ休刊絡みで、
2ちゃんねるの、
最近の鉄道雑誌はどうよ、
鉄道ジャーナルについて、
鉄道ジャーナルは列車追跡を復活せよBが1000に達する前に閉鎖された。

[50] 名前:前納浩一  日時:2008/12/14-10:52:17  ID:ylOBlTb1
「最近の鉄道雑誌ってどうよ?Part14」
ttp://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/train/1226578302/l50
「鉄道ジャーナルについて語るスレ@」
ttp://love6.2ch.net/test/read.cgi/zassi/1077180870/l50
「鉄道ジャーナルは、列車追跡を復活しろ」
ttp://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/train/1200443599/l50

>>49で紹介されたものに類似のタイトルのスレッド(全て生きています)を紹介しておきます。
一番上のは、良く参考にさせてもらっています。

名前:   E-mail: sage
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【10:84】 曽根さん、それはやめてよ
[1] 名前:永尾信幸  日時:2007/11/27-22:59:34  ID:8xdKPHwO
このスレッドは、曽根教授の発言に物言いするためのものです。

[75] 名前:永尾信幸 ◆OPjUH4NtiDY  日時:2008/12/08-01:18:03  ID:bVWQsDWi
>>74
いろいろありがとうございます。
何か文献はと思って、いろいろ調べ直してるのですが、あの記述はどれに載っていたか、少し前の電機子チョッパが高速で不利な面があるという記述同様、すぐに出てこないです。
これは、本を大量に買い込んだりスキャンしたりしてるのではいいのですが、整理ができていないからで、インデックスを設けていく事は考えていますが、その中身を直感的にわかるように整理するというのは、なかなか難しいかなぁと。
キーワードを設けるしか無いのでしょうけど、なかなかそういう部分にまで手が回らないです。
つい最近、ようやく回生ブレーキ車を揃えても電力設備は全編成が一斉に起動した時を考えなければならないというような記述を見つけたのですが、それがどこだったかもう見あたらない。先週の出来事なんですが・・・
頭の中ではそうだろうとわかっていても、やはり何かに書いてあるのと自分がそう思ってるのとでは大きく違いますから。
なかなか、文献の調べ直しもできず、ちょっとジレンマ状態です(笑)

[76] 名前:永尾信幸 ◆OPjUH4NtiDY  日時:2008/12/11-01:40:47  ID:eiZSKeZ6
>>74
101系910番台も磁気増幅器を用いています。機器は東芝製のようです。
他励制御に関しては、確かに稲岡さんの書かれたように、他から電気もらうやつの総称みたいですね。。。なかなか難しい。

しかし、
>「直巻電動機では電機子と界磁が直列につながってるのに,なんで弱め界磁なんて出来るんだい?」
って、わたし、つい最近なんですけど、電線がモーターの中でつながってるってのを知ったの(笑)
まさか、中を回るのと外枠と、同じ線がつながってると思わないじゃないですか。
あれは、絶対に罠やわぁ。。。
ってなことで、そういう設問を受ける以前に知識がありませんから、さっぱりわからない状態です。そういう設問が出されても平気なレベルってすごいなぁって思います。
わたしゃ、回路図とか見てもさっぱりで、(A)って電流計ちゃうんかって・・・電機子なんてわからんかったし、モーターやったら(M)でえーやんけって。。。
なかなか苦労してます(笑)

差動複巻特性がどうのって書いてありました。そもそも、複巻だとなぜ回生ができるとか、基本的になんでこうなってるのかってのがわかってないので、用語だけ覚えても応用が利かない状態です。ハイ。
電気に限らず世の中には不思議なことが山ほどありますから。。。

とりあえず、101系の簡易回路図と京阪の試作回生ブレーキ車の簡易回路図を下記にアップしておきます。
http://219.75.254.100/etc/kaisei.htm

[77] 名前:rs1421  日時:2008/12/11-21:55:22  ID:RCUTbE4n
101系の原理的ツナギ図を見ると、直巻界磁がなく分巻界磁のみがあって、それを磁気増幅器
で制御するようになっています。ことによると、複巻電動機じゃなくて、分巻電動機かもしれ
ません。この場合は、力行時は電気子電流と同じ電流を分巻界磁に磁気増幅器で与えて、直巻
電動機の特性とします(原理図からの想像ですが)。

ついでですが、MGなどの別電源で界磁を励磁するのには原理的に次の理由があります。

1. 磁気増幅器を使う場合、磁気増幅器は基本的に交流でしか動かないので、直流車の場合
MGなどからの交流電源を使用するしかない。

2. 界磁添加制御などのように直巻電動機の直巻界磁をいじる場合、どういうやり方で行う
にしても、架線と「絶縁された別電源」が必要。

[78] 名前:永尾信幸 ◆OPjUH4NtiDY  日時:2008/12/11-22:58:49  ID:eiZSKeZ6
>>77
rs1421さん、ありがとうございます。
電車1960年6月号にはこうあります。

試作の方法は全く新しいもので、主電動機は直巻電動機であるが、その界磁は常時他励として動作させ、磁気増幅器を用いた静止形励磁装置により制御し、力行の場合には、電機子電流によってほぼ等しい界磁電流が流れるように制御して直巻特性を与え、回生ブレーキの場合には電機子電流と界磁電流の和をブレーキ弁ハンドル角度に応じた値に一定に保つように制動して差動複巻特性を得ている

うーん、さっぱりわやや。。。
そうそう、MGって交流ができるんでしたね。結局、他励ってのは、そういう別電源から電気もらう事ってイメージで良いんですよねぇ???

[79] 名前:永尾信幸 ◆OPjUH4NtiDY  日時:2008/12/11-23:00:10  ID:eiZSKeZ6
しかし、あんな図から、なんでそこまでわかるんですか(笑)
うーん、恐ろしや電気。。。

[80] 名前:rs1421  日時:2008/12/15-21:36:47  ID:CeI2werr
>>79
78に引用された文章を読むと、何とか予想は当たったようです。

「他励」というのは、電車などの直流電動機で使われる場合は、電機子電流とは別の電流を
使うという意味だと思います。たしかに、別電源が必要なことも多いのは上の方に書いたと
おりですが、京阪1650形試作車の分巻界磁のように、パンタグラフからの架線電圧で励磁す
るものも多分入るでしょう。

101系の試作回生ブレーキ車の方式は、どうも試験だけで終わってしまったようですが、営
団地下鉄が最後に採用した「高周波分巻チョッパ(4象現チョッパ)」というのが、同じよ
うな考え方です。

[81] 名前:稲岡@ペン  日時:2008/12/17-02:51:56  ID:NH3NwdMM
こんにちは.ちょっと雑用に忙殺されてたらすごいことになってる・・・

>75〜80

たくさんご教示くださいまして,ありがとうございます.自分が適当に表そうとした「他励」の定義も明確にしていただき,ありがたく思っております.

直巻電動機使用で「この手の方式の回生車」は,量産車としては205系まで出てこなかったわけですが,昭和35年?時点において,国鉄ではすでに直巻に拘っていたことになりますね.
時系列的には,すでに151系の複巻電動機駆動のMGが出ていたはずで,そこいら辺からの影響なんだろうと思いますが,自分などが思っていたよりも,さらに強い直巻へのこだわりを感じました.

その一方で,永尾さんが引用してくださった電車誌の文章を拝読して,「直巻電動機を,あたかも複巻電動機のように使用するというアイディア」なのかと想像しました.

要するに当時存在していた磁気増幅器を直巻電動機と併せて使用するということなんですね.

・・・となると,101系910番台車が最終的に量産化されなかったのは,いったいなんでなんだろうというのが気になっちゃいます.
東芝が納入したのなら東芝レビューかなんかに載ってるとは思うのですが,外国住まいの自分にはさすがに手が届かないです(ウェスチングハウスの論文誌には手が届くんですが(爆))

[82] 名前:永尾信幸 ◆OPjUH4NtiDY  日時:2008/12/17-14:24:26  ID:QpmqD1gz
>>81
101系910番台の回生ブレーキ等については、MT54を通勤形に用いた場合の電力消費量増を補う目的が強かったわけですが、結果的に製造コスト面が言われてるようです。
 福原俊一:『国電物語』,P.64
また、103系に回生ブレーキを付けるかどうかについては、久保田博氏がJREA1962年3月号と4月号で「次期通勤電車の構想」という記事内で回生率や導入コストなどを試算して、とてもペイできないから採用しないと書かれています。

山手線のランカーブとセクション数などから、統計的にどの程度の回生効率があるかを調べた結果、回生ありと回生なしでは、年間の電動車1両あたり108千円の電気代の節約が期待できる。
それに対して、回生付き車と回生なし車との価額差について20年償却で利子も含めて考えた場合年間の電動車1両あたり113.5千円のコスト高となる。
よって、回生による効果よりもコスト高になる事が致命的だったようです。

もちろん、これには、新に変電所を増備するためのコストは含まれてませんから、細かい計算をすれば、山手線の輸送力を増強するために変電所を1つ増設した場合に回生車を投入したらどうか?という計算だとひょっとしたらペイしていたかもしれません。

一応、変電所設備を6%低減できると試算していましたので、現在の使用量がほぼ限界状態で、増発には変電所がいるけど、回生ブレーキ車にしたら変電所はいらないよ、というような限られた状態であれば、回生ブレーキ車のメリットも出たでしょうが、一般的に考えると6%だと導入コスト増を考えるとペイは難しかったのかなぁって感じます。

電車1965年7月号だったか10月号に、京浜東北線に103系を入れる場合、歯車比を小さくして高速性能を良くしたらどうなるかという試算を車両設計事務所でした事が書かれているのですが、高速性能が上がったために力行時間が減ったにも関わらず、電力消費量が若干増えたので、導入は難しいとあります。
これらの発言からも、当時はかなり電力という事には神経質になっていた事が伺えます。

なお、101系910番台の回生率ですが、101系一般車と併用して使っていた事もあって、10%台で、通常のMM'ユニットに対して589万8000円のコスト増だったそうです。(前述JREA記事から)
交通年鑑1963年度版で101系6M2Tの1両平均の価額が2081万円との事ですから、電動車だと少し高くて2500万かかったとして、290万のコスト増は大きな負担だったんだと思います。

私は磁気増幅器がなんたるかはよくわかっていませんが、しかし、いろんな方法を考えるもんですよね。
で、101系910番台は弱め界磁15%なんてのを採用してるのですが、やはりこうやって磁気増幅器を用いた他励の部分の影響があって、これだけ弱めることができるんでしょうかねぇ。
弱め界磁って、だいたい30%程度を目安として、25%くらいまでにしていたケースが多いように思うのですが・・

[83] 名前:永尾信幸 ◆OPjUH4NtiDY  日時:2008/12/19-11:03:05  ID:A47/oekY
101系ユニットの値段ですが「国鉄メモ1961年」に主な列車の制作費として101系6M4Tの値段が183,830千円とあり、おもな車両の価格として101系6M2Tの1両平均を20,800千円としている。
上記から101系2Tの価格は183,830千円-(20800千円×8)と言えるから、2Tで164,561.7千円
4Tの値段を、さっきの101系6M4Tから引けば6Mの値段が出るので、それを計算して3で割れば1ユニットあたりの値段が出る。
計算すると218,803千円・・・・だいたい2190万円だったと言えそうです。

で、この計算をした後に、前年の国鉄メモ、つまり「国鉄メモ1960年」を見ると、悔しいかな1ユニットあたり2226万8000円と書いてあった(笑)
くそぉ、二度手間やん。。。

結局、6%の電力消費量を節約するために、13%の車両費増となるところでペイできなかったという判断かなと思います。
ただ、ユニットあたりの単価については、量産する事によって通常よりユニットあたり200万増にはなるだろうと見ていたようですが、それでも上記のように山手線試算でも省エネ分のコストを吸収できなかったという事のようで。

もちろん、その後のオイルショックなどの電気代高騰は考慮されていませんから、今考えたら回生ブレーキにしておけば良かったとも言えるかもしれませんが、あれはある意味イレギュラーな部分も大きかったかなと思います。
昭和30年代ってまだ石炭増産時期でしたし、発電用として石油に移行した後にオイルショックでしたから、間が悪いってのもありましたよね。

[84] 名前:rs1421  日時:2008/12/19-20:52:38  ID:ndxG3P0Y
>>82
重電や鉄道用の機器は門外漢なので、確実なことは分かりませんが、弱め界磁率は他励とは
関係なく、回生ブレーキの有効範囲を高速側で確保するために必要だったのでは?と思いま
す。この辺は、補極とか補償巻線とかを付加することで、弱め界磁の範囲を大きくとること
は可能なようで、私鉄では名鉄の7500系(ひと足先に消えたパノラマカー)では6%という
のが使われたと某wikiに書いてありました。

7500系は複巻電動機の分巻界磁をやはり磁気増幅器で制御して、定速度制御機能も持ってい
たのですが、100km/h越えの定速度制御をするためには、その速度でも十分弱め界磁制御の
領域に入っていることが必要だったのだと思います。

101系910番台については、同時期に東芝が作った阪急2000系が近い構造だったかもしれませ
ん。これは複巻電動機ですが。

あと、書き忘れましたが、「位相制御」というのは交流の制御で、「チョッパ制御」は直流
に対するものになります。磁気増幅器も位相制御の古典的な手段なので、磁気増幅器を使用
した界磁制御も「界磁位相制御」の中に含まれると思います。反対に、界磁チョッパは通常
架線電圧をそのまま電源としているようです。

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